コーポレートガバナンスをIRする

2016/06/30

・6月に日本IR(インベスターリレーションズ)学会で、東レの内田章常務の講演とその後のパネルディスカッションを聴いた。企業の立場からコーポレートガバナンス(CG)をどう考えるか、CGとIRはどのような関係にあるのか、というテーマであった。そこでの議論で印象に残った点をいくつか取り上げたい。

・欧米でCGというと、守りのガバンスであって、リスク回避、不祥事防止という色彩が強い。一方で、日本では‘攻めのガバナンス’にフォーカスしており、企業の稼ぐ力をもっと上げろといわれている。

・なぜ稼ぐ力が弱いのか。内田常務は、1)日本の風土、価値観という外的要因と2)経営力という内的要因、その両面に原因があると指摘する。企業は社会の公器であり、三方よしという考えが根付いている。1社だけで高収益というわけにはいかない。また、参入障壁への感度が弱いので、すぐに過当競争に陥り易い。自前主義、単品主義でオープンイノベーションの意識もこれまでは弱かった。この点、米国はドライで徹底している。

・攻めのガバナンスを企業からみると、1)イノベーションの創出には10年単位の時間を要する、2)よって長期投資の継続が必要である、3)短期的リターンが目標ではない、4)そのことを投資家に分かってもらいたい、と内田常務は強調する。

・経営者には、リーダーシップと先見性が求められるが、それだけでは暴走する可能性がある。そうならないようにバランス感覚を働かせる必要があり、それを支える仕組みも求められる。自律と他律のバランスが必要で、ROEだけのKPIでは不十分である、と指摘する。

・独立社外取締役には、1)利益相反の監督と、2)持続的成長に向けた経営への助言が求められる。よって、深い見識が必要であり、その力が発揮されるような体制を作っていく必要がある。一方で守りの機能も重要であり、この点からは常勤の監査役がしっかり活動できる仕組みも重視すべし、と強調した。

・機関投資家への期待としては、1)くれぐれも長期的視点で経営をみてくれること、2)議決権の行使に当たっては、単一の指標を機械的に当てはめるのではなく、各企業のエクスプレインの内容をよくみて判断してほしいという。

・内田常務の主張は、1)欧米型のモニタリングボードに移行すべしという主張は強すぎる、2)監督と監査のハイブリッド型によさがある、3)独立社外役員も人数ではなく資質でみるべし、4)資本コストを上回る利益の極大化ではなく、一定の満足度基準のようなバランスが必要ではないか、という点にあった。

・日本は、和魂洋才、多様性を認める国である。いくつかの形があってよい。形よりも実質的な中身が大事である。まさにその通りである。形だけ合わせればよいというのでは本末転倒である。形を整えるプロセスが中身にも影響を与えるので、実質的によい方向に向かう可能性もある。確かにバランスは必要であり、例えばROEを唯一の指標にして、それを極大化せよという論に組みする必要はない。筆者もH.A.サイモン流の満足基準は重要であると認識している。

・ROE至上主義である必要はなく、ROE8%というのも1つの目安である。但し、一定の収益力はクリアしてほしい。その上で中長期投資をしていかないと、実はサステナビリティも担保されないからである。ここを共有するための対話が重要であり、それを実践していくことがカギである。

・パネルディスカッションでは、CG新時代のIRはどうあるべきかについて議論された。筆者の着目点は、1)執行と監督と分離して経営は本当によくなるのか、2)指名委員会と報酬委員会を作ると本当に収益力は上がるのか、3)取締役会を評価してよくやっているとはどういう意味か、4)とりあえずコンプライしておけという姿勢でよいのか、5)CGをIRにどう活かすのか、にある。

・会社を経営するのは代表執行役(CEO)である。トップマネジメントが本当に能力のある人か、組織能力が発揮できるように十分活動しているか、一方でワンマンになり暴走していないか、をしっかりみていく必要がある。トップマネジメントの選任プロセス、その報酬インセンティブのあり方についても、長期的な企業価値創造に結びついているかをベースに判断すべきである。

・ある場面における経営の意思決定に必ずしも正解はない。3年後、5年後に自ずと結果が出てくる。途中で方針を修正することにも何ら問題ない。但し、その意思決定の蓋然性については、よくよく吟味する必要がある。実現しない3カ年計画なら作らない方がよい。もっとビジネスモデルの中身を突き詰めて実行戦略を構築してほしい。

・1年後の業績予想を発表しなくてもよい。単なる目標の細分化を行い、現場に号令をかけるだけでは企業価値は高まらない。企業価値創造に資する意思決定と、そのプロセスを示すビジネスモデル(BM)の確固たる姿を示すことが本質であろう。

・IRとは、会社そのもののマーケティングである。会社を動かす重要な仕組みであるCGについても、しっかり投資家に訴求していく必要がある。その役割を担うIR担当者が、十分に活躍できないようでは、会社がよくなるはずはない。会社の中身をマーケティングし、投資家の声を経営にフィードバックしていく活動を徹底してほしい。

・同時に、投資家を啓蒙し、時に教育指導することも重要である。投資家のニーズに合わせて迎合するだけでは、本来のマーケティングはできない。IR部門の役割はますます重要になっている。CGを議論できるIR人材は、会社の実態をよく理解している必要があり、自信をもって語るには、自社のCGの仕組みが磨かれていくべきである。

・そうでないと、IR担当者は苦しいエクスプレインを余儀なくされる。それでは会社のマーケティングが十分できない。‘CGをIRする’という視点で、対話が活発化することを期待したい。

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