混迷する海運業界に見える光 ~ルシャトリエの原理から見る船舶への“追い風”を探る~
海運業界の業績が振るわない。商船三井(証券コード:9104)、川崎汽船(証券コード:9107)、そして日本郵船(証券コード:9101)の大手3社が事業統合したコンテナ船会社の業績が想定以上に悪いとして、商船三井(証券コード:9104)は2018年4~9月期、川崎汽船(証券コード:9107)は19年3月期通期の業績予想を下方修正した(※1)。2015年11月に船主大手のユナイテッドオーシャン・グループが破綻したことが象徴する様に海運業界は苦境が続いている。一般的に同業界は業績変動が激しく、したがって株価のヴォラティリティーも高いと言われている。海運業界はこのまま業績(株価)低迷のまま凋落していくのか。実はそうではなく海運業界にとってチャンスが存在するのだ、それが本稿の結論である。
海運業界を巡る現状を最初に整理しておきたい。海運業界で基本的な課題なのが過大な船舶供給である。2000年代前半の中国を中心としたグローバル経済の拡大を受けて船舶需要が大幅に伸びたために新造船舶の注文数が大きく増大した。しかし「リーマン・ショック」を受けてそれが不良在庫化してしまい、現在では船舶供給量が需要量を上回る状況が続いている。
他方で昨今の動向の中でも最も影響を与えそうなのが米中貿易摩擦である。しかし、実はこの米中貿易摩擦は海運業界に殆ど影響を与えていないと報道されている(※2)ことは注目に値する。中国が米国から輸入している物資のうち重要なものの1つが食糧、たとえば大豆である。これらは中国にとって必須な商品であるため、ブラジルやアルゼンチンといった他地域から購入せざるを得ずその結果として海運業界にとって見ると米中貿易摩擦の影響は差引ゼロになっているというのがその理由の1つである。
また我が国の海運業界は資金調達のしやすさという面で、競合、特に欧州の競合に比べ相対的に良い環境下にある。経営悪化を受けて、ドイツ銀行を中心としたドイツの金融セクターが2014年頃から密かにシップ・ファイナンスの債権を金融マーケット上で放出しているという話を海運業界に勤める知人から聞いたことがある。また同様の時期に低金利の中での収益拡大の方策として大手邦銀ら、特にこの業界から撤退済みであった某メガバンクですらシップ・ファイナンスへの参入を企図していたという話も聞いている。未だに苦境が続く中でシップ・ファイナンスへの資金提供者として欧州の地位が下落する反面、我が国が海運業界への資金供給を拡大しつつあるのだ。これは我が国の海運業界にとって追い風なのは言うまでもない。
この様に現状を見ると、需給環境は悪いとはいえ、別要因は決して悪いとは言えないのだ。他にも重要な要因があることを忘れてはいけない。
第一に指摘したいのが北極圏航路の存在である。前稿でも述べた(※3)様に現在、我々の社会が直面しているのは寒冷化であるが、実は北極圏はその例外なのだ。北極圏は極圏であるためにその直上部が地磁気で守られておらず、宇宙線の直接的な照射を受けている。そのために温暖化が生じている。これは、それまで凍結し利用できなかった北極圏航路が利用可能になることを意味しており、ロシアや北欧、我が国にとって大きな意義を持つ。たとえば商船三井(所見コード:9104)は2014年7月に計画を公開した「ロシア・ヤマルLNGプロジェクト向け新造LNG船3隻の造船契約」の第1船に当たる砕氷LNG船「VLADIMIR RUSANOV」を約3か月前の7月6日に無事竣工させているのだ(※4)。
第二に、海運業界で注目が集まっている自動運転化で我が国が先進的であるという点だ。この船舶の自動運転化は欧州が中心となって進めていることが知られている(※5)。その中でもイギリスのロールス・ロイスは先駆的な取組みで知られており、例えば15日には米インテルと自動運行のデータ処理の面で業務提携を結んだと公表している(※6)。しかし実は我が国の海運業界は船員の労働人口減少を考慮し、なんと1960年代から船舶の自動化を推進してきたのである。技術の蓄積は一朝一夕に進むわけではないため、少なくとも我が国の海運業界が自動運転で出遅れるという蓋然性は低いと言える。
また他にもCO2排出規制やバラスト水規制への対応といった各種規制への対応という課題があるものの、前者の議論は実は我が国が主導的な役割を担ってきたのであり、業界もこの規制動向には順調に対応している(この反面、ドイツではこの規制への対応が上手くいかない可能性が議論されている(※7))。そうした動向の結果、ESG投資の対象として投資家から資金が集まる可能性も否定できないのである。
第三に指摘したいのが中東における地政学リスクの上昇である。アメリカがイランに対する制裁を強化する動きを見せていたのはつい先日のことであるが、今や焦点の中心となっているのはサウジアラビアである。駐トルコ大使館においてジャーナリストを殺害したとしてサウジアラビアは非難を受けている(※8)。この裏側で実はトルコとアメリカが2国間で問題となっていた米国人牧師の拘束問題についてトルコ当局が同牧師を解放し解決に至っている(※9)のである。米国はこのジャーナリスト殺害事件を受けてもサウジアラビアへの武器取引を止めないとはしているものの、タイミングからしてトルコらがサウジアラビアを「ハメた」のだという仮説は決して的外れとは言えない。
他にも中東で最もインテリジェンス能力の高い国の1つであるイスラエルはこの事件がサウジアラビアで改革を進めるビン・サルマン王子に対する一種のクーデターである可能性を指摘しているのだ(※10)。そこで利益を得るのは、かつてオスマン・トルコ帝国として中東で栄華を誇ってきたトルコであり、アメリカにとっても中東が荒れれば武器需要が増すこととなるため、サウジアラビアを巡るこの事件の背景に対するイスラエルの主張の持つ妥当性は決して低くない。
こうした中で人権問題に対する批判という建付けで欧米らがサウジアラビアに対して経済制裁といったことが生じれば、原油マーケットやバルチック海運指数の混乱を通じて海運業界も追い風を受ける可能性がある。
弊研究所の分析に当たって最も重視している原則の1つが「“上げ”は“下げ”のためであり、“下げ”は“上げ”のためである」というルシャトリエの原理である。低迷のさ中にある海運業界だからこそ、次の“上げ”のフェーズの到来を静かに待つということも決して悪くは無い。
(*より詳しい事情についてご関心がある方はこちらからご覧ください(※11))
※1 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3655398016102018TJ1000/
※2 https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180724/mcb1807240559008-n1.htm
※3 https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/haradatakeo/94245
※4 https://lnews.jp/2018/07/k070616.html
※5 https://www.projectdesign.jp/201802/ai-business-model/004513.php
※6 https://japan.cnet.com/article/35127041/
※8 https://www.yomiuri.co.jp/world/20181017-OYT1T50042.html
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