地経学リスクと財政の行方
・トランプ政策が打撃となる一方で、政権与党の大盤振る舞いは財政負担と高めている。想定外のリスクが顕在化した時、日本はどう対応するのか。
・今日の小さな安定ばかりを追い求めると、いざという時の対応が‘追い込まれ型’になる。備えが十分でなければ、落ち込みのどん底も深いものとなる。二人の識者の見解(1月のSAAJセミナー)を参考にしながら考えてみたい。
・鈴木一夫氏(東大教授)は、「地経学」の視点から日本の生き残りを考えている。経済安全保障は、海外からの威圧に対する守りをどうするか、という点に主眼をおくが、地政学リスクではなく「地経学リスク」がより重要な意味を持ってくると指摘する。天然資源、技術、人材といった経済的リソースが国際秩序の形成に影響力を高めていくという見方である。
・佐藤主光氏(一橋大教授)は、日本の財政は悪化の一途を辿っているが、財政の健全化に向けて対応策はいかに考えるべきか。持続可能な財政には経済成長は必須であり、税制改正のあり方も問われる。国民全員にいい顔をしようとすれば、お金をどんどん使うしかない。
・インフレになれば、これから使うお金はますます必要になり、借金の金利も増えてくる。社会インフラ作り、社会保障、国防、経済成長支援などに財政支出は増える。経済成長に見合って、税収が増えてくればよいが、そうでないとすれば、税制改革が不可欠である。
・やりようはあるが、バランスを図るなかで、一定の我慢が必要になる。それをどのように許容できるか。セーフティーネットのあり方が問われる。
・トランプの関税政策は、自らを支持する負け組を守ることである。米国が最強の時の自由貿易体制作り(GATT)は米国の仲間にとってよいことであり、米国もそれを良しとした。ところが、ポスト冷戦でロシア、中国がこの市場に参加してきた。「相互依存の罠」が広がり、米国は自らを守るために、再びブロック経済化に走っていると、鈴木教授は指摘する。
・相互依存の中で、経済が豊かになれば、民主化が進むわけではないということがはっきりしてきた。リーマンショック後の先進国の金融危機をみると、国家資本主義が優位な面もあり、政治と経済は別ものであるとわかってきた。
・さらに、互いの経済依存が一定レベルを超えてくると、安全保障への脅威が増して、相互依存が足かせとなってくる。ここから抜けようとすると、自国の経済にも打撃があり痛みを伴う。
・とすると、痛みを伴うとしても、こうした罠から抜ける必要がある。リスク分散には相互依存を減らすことである。米国第一主義からみれば、相互依存といっても、米国の負担の方が重く不利になっているという認識である。
・そこで関税を政策の目玉とし、交渉の材料として、表面的な分かり易さで、自らを支持する選挙民に訴えている。ブロック経済化のマイナス面は無視しているといえよう。
・国の安全保障のあり方も変わってくる。軍事と経済を分けて、経済の合理性を追求することが通じなくなる。軍事も民事も一体であり、経済安全保障の備えも変容する。1)他国に依存しない自立型が、政府・民間の双方に求められる。2)サプライチェーンの中で不可欠なものは、それがパワーとなり、抑止力にも使える。レアメタルが典型である。
・国境を超えるビジネスは、すべて新たなディールとなる。市場の大きい米国がトランプディールで攻めてくるので、これにどのように対抗するか。交渉であるから、トランプに有利になるように持っていかない限り、落としどころは定まらない。
・トランプディールを前提として、それが対米投資として、自社の付加価値増に結びつくか。ここが改めて問われよう。ここが「地経学」(Geoeconomics)の要となろう。
・地経学に基づく安全保障となると、防衛費のあり方、中身、金額は見直す必要がある。テクノロジーの自前化という点では、半導体への投資を大幅にサポートする必要がある。サイバーセキュリティへの投資も拡大しよう。
・宇宙防衛軍も必要である。半導体関連の民需についても、世界の軍需との関連で見直していく必要がある。ここで米国に対して、優位な部分はどこまであるのだろうか。何としてもディールの材料に使いたい。
・国の財政はどうなっているのか。財政支出したい内容はどんどん増えていく。一方で、収入が見合わなければ、赤字は拡大していく。将来はいずれ国民が負担するものであるから、その負担能力のうちにあれば、赤字が増えても構わない。しかし、負担に限界があって、そこに不安を持つ国債保有者が均衡を破ってくれば、信用が崩れかねない。
・佐藤氏は、5つの提言を出している。分かり易く解釈すれば、1)規模拡大ではなくもっと賢く使え、2)国の成長を支える産業、企業にもっと元気が出るように、企業と人の移動(企業の新陳代謝と雇用の流動化)を促進せよ、3)財政危機へのセーフティーネットを準備せよ、4)抜本的な税制改革を実施せよ、5)規律を回復する財政ルールを定めよ、と提言する。まさに、その通りと思うが、国民が納得する形で進められるのか。
・佐藤氏が行ったアンケート結果(経済学者と一般国民にきいてみたもの)が興味深い。一般国民は、財政赤字は問題であるが、その要因は、社会保障費の増加よりも、高い公務員の人件費にあると思っている。
・消費税は安定財源ではなく、不公平で景気に悪影響と思っている。消費税の増税については、社会保障料の世代間負担の是正との代替を進める。公務員の人件費削減という身を切る政策を実施するという条件を明示しても、とにかく反対するという意見が多い。政策そのものが信頼されていないといえよう。
・財政再建が必要であるという実感が国民には伝わっていない。消費税には苦い思いしかない。消費税のプラス面はほとんど国民にはない。世はインフレに向かっているが、この30年経験していないので、まだ実感が十分でない。
・不況期に雇用を守るという名目で競争力のない企業を温存し、従業員もそのまま継続するので、結局儲からない企業が残って、生産性向上に結び付かない。
・ムダを削れ、その通りである。何をどうやって削るのか。国でも地方自治体でも、何らかのサービスを縮小する、あるいは、そのサービスを止める、という政策は苦手である。自ら判断できない。政治が決めればよいといっても、政治家は選挙民をみている。
・有力な選挙民に反対されるよりは、つまり、何かをやめるというよりは、もっとやる、もっと増やすという方がアピールしやすい。選挙というのは、傾向としてこのような不平等を助長しやすい。なぜか。平均的な国民の嗜好に迎合するからである。
・高齢化が進む。身近なケースでも、1)特養という仕組みはありがたい。2)高額医療費の軽減もありがたい。3)高齢者の医療負担が少ないこともありがたい。これらの制度を維持するには膨大な費用が掛かっている。しかもその対象者は増加してくる。加えて、年金だけでは、生活できない人がますます増えてくる。
・これらの費用はどうするのか。例えば、公務員を半分にして、みんな民間で働いてもらう。そのための早期リストラを行うか。国会議員を半分にして、参議院制度をやめてしまうか。高額所得者、高額金融資産家、土地資産保有者への大幅増税を行って、所得税を増やすか、民間企業の法人税を大幅に引き上げて、国の税収を増やすか。何かトランプがやりそうなことが含まれている。
・佐藤氏は、今後の社会保障の給付について、例えば、1)給付を20%減らすか、2)社会保険料を30%上げるか、3)消費税を17%に上げるか、これらのいずれを選択するか、と問う。多くの国民はすべてにノーで、どれかを選べよと言われても答えられないかもしれない。そんな難しいことをいわないで、うまくやってよという姿勢であろう。
・国のリーダーには、うまくやる方策はあるといってほしい。ないものねだりではない。その政策を具体的に示して、推進してほしい。難しい、できないではなく、道はある、やればできる、というビジョンと覚悟を示してほしい。次の新しいリーダーの登場に期待したい。
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