JALの再生にみる稲盛式経営の神髄
・JAL名誉会長である稲盛和夫氏の話を世界経営者会議で聴いた。稲盛氏は京セラ、KDDI(第二電電)を創業し、3年前に倒産したJALを再生に導いた。また、長年「盛和塾」で多くの経営者・リーダーを育てている。2012年に80歳を迎えた。その稲盛氏が、リーダーの条件として次の4つを挙げている。
・1つは、ビジョンを掲げ、示す人であること。未来を展望し、方針を定め、方策を示すことが必要である。予期せぬ障害があっても、人々を束ねて、乗り切っていく。ビジョンを失っては、社員がついてこない。
・2つは、組織のミッション、大義を確立し、共有する人であること。ミッションには全員が賛同できる大義名分が必要である。それを全社員で共有できるようにする。
・3つは、自らの人間性を高め、哲学を持ち、広げていく人である。本人の人格が問われる。さもないと、信頼は得られない。自分の損得を先に考えるようでは、人はついてこない。信頼を得て、正しい判断ができる人だから、社員はついてくるのである。
・4つは、業務を遂行し、業務向上のための仕組みを構築できる人である。そのためには、管理会計システムが必要である。リアルタイムで業況がわかるシステムが求められる。
・では、JALの再生にどのように取り組んだのか。2009年暮れに話が来て、2010年2月に会長に就任した。この時、再生計画の青写真は既に出来ていた。これを確実に実行できれば、再生は可能であると稲盛会長は考えた。
・問題はいかに実行するかである。再生計画を遂行すると決めて、全社員に告げた。“ただ思いやれ”と。これは京セラの時に掲げたスローガンであるという。すべては、決して挫けない人々の心に懸かっている。高邁な思いが全社員に浸透し、共有できるかどうかがポイントである。そのためにポスターを作り、社内報で全社員へビジョンを語った。
・稲盛氏が会長を承諾した理由は3つある。第1は、日本経済への影響である。日本衰退のシンボルになっていたので、JALでさえ再生できるのだ、ということを示して、国民に自信を取り戻してほしいと考えた。
・第2は、残された社員を救うためである。この再生が失敗して2次破綻を招いたら、全員が解雇される。3.2万人の雇用を何としても守ろうと考えた。第3は、利用者のためである。エアライン2社で競争していくことが、顧客にとって必要であると考えた。
・この3つを大義として社員に訴えた。会社の存在意義を明示し、全社員を支える。“全従業員の幸福のため“、この1点で、社員は勇気づけられた、と稲盛氏は言う。企業は株主のものである。株主価値を最大化することが重要である。しかし、それより前に、あるいはそのために、全社員が生き生きと働くことが最も大切であると強調する。
・これによって、全社員は再建を自分のことと受け止め、モティベーションを高めた。会長自身は無報酬で、これを遂行した。幹部50人に1カ月、毎日リーダー教育を行った。自らの哲学、経営、仕事の考え方を説いた。大事なことは、リーダーは部下から尊敬されるようになることである。なぜそんな当り前のことを言うのか、と思ったかもしれない。それは、知っていても身についていない、実行していないからであると稲盛会長はいう。
・延べ3000人が受講した。エアラインは装置産業であり、サービス産業である。現場の社員と客の接点が最も重要で、もう1度乗ってもらえるようにしようと、会長自ら現場に行って社員に話した。サービスが向上していった。
・もう1つ、管理会計システムを見直した。3つ問題があった。(1)数字が出てきても、数ヵ月前のもので遅い、(2)業務の責任が不明確であった、(3)細かい採算がわからない、ということだ。そこで、路線別、便別の採算がリアルタイムで分かるようにした。例えば朝7時発の釧路行きが、どういう収支だったのかが、翌日にわかるようにした。詳細な部門別収支が翌月にわかるようになった。さらに、それは誰の責任かを明確にした。
・細かく採算がわかるようにする管理会計システムは、稲盛会長が京セラ時代に確立した。アメーバシステムである。このアメーバシステムはいまや日本の企業400社で使われている。JAL版アメーバは2011年4月から本格スタートした。組織を小集団にして、収支が分るようにした。業務報告会をスタートさせ、責任者が報告するようにした。
・収支を細かく追求する。つまり数字で経営することが、当たり前になった。結果として、再建2年目の2011年度は2000億円を超える営業利益をあげた。売上高営業利益率も17.0%と、驚異的な水準に高まった。公的資金(3500億円)を返済し、2012年9月には再上場を果たしたのである。
・ここから稲盛会長は、日本の企業経営者に3つのことを提言している。(1)リーダーは最初から出来ない理由を言うな。出来ない理由を言っても、社員のモティベーションは上がらない。(2)日本は他国に比べて恵まれている。リーダーは悲観的にならず、自信を持て。(3)世界はいつも混迷している。外部環境を言い訳にするな。
・JALは国の支援のもとで再生した。確かに、(1)倒産したので、当時の株主の株券は紙切れになった、(2)5000億円の借金は棒引きしてもらった、(3)多くの社員に辞めてもらった。その中で、身軽になって再登場した。このプロセスがアンフェアとはいえない、と会長はいう。実際、国の支援3500億円は返済した。
・稲盛氏は、“思いが未来を作る”と断言する。実践に基づく哲学である。不撓不屈、ただ思え、何が何でもやると、いう気構えを経営者に求める。その中で社員を思い、幸せにするという思いやりの心を何よりも大事にしている。稲盛氏は怒ることもある。しかし、社員のやる気を引き出し、結果として、企業価値を圧倒的に高めていく。企業価値を創造する経営の神髄が、ここにあるといえよう。