日本企業のイノベーション

2025/03/25

・社会的な価値創造を世の中にどう伝えるか。NECの森田社長は2021年にCFOからCEOに就任した。NECは125年の歴史の中で、1977年にいち早くC&Cを掲げたが、2011~2012年には1万人のリストラを行った。その後も含めて、売上高の半分を占めた事業から撤退した。

・社会的価値と顧客価値をいかに創っていくのか。マインドセットの変革が求められた。社会インフラのICTを創っていくITサービス企業として、DX社会のコアになると決めた。

・社長就任3年目を経て、2025年はほぼ見えた。次はいかに、と問われる。米国のトップ企業とは規模で100倍の差がある。ハンディはあるが、パイは大きいので、選択の余地はある。いかに存在感を出して、どこで№1となるか。そこで、日本というエリアの中で、ICTを通して安心と安全を提供しうるの企業となる、と方針を固めた。

・経済安全保障の中で、海底ケーブルと通信衛星は重要な役割を担う。ここで中立的な役割を担っていく。R&DではAIやGPTに投資をしている。顔認証では世界をリードしており、数多くの場面で使われている。警察の顔認証でも使われており、これを動画で表現することもできる。大阪万博では入場者のIDとして使われるなど、用途は広がっている。

・かつてのNECは、テクノロジーはよいが、利益がついてこないという批判もあったが、ここを変革してきた、と森田社長は語る。「ブルーステラ(BluStellar)」を軸に価値創造モデルを創っていく。

・CFOの時に、指名委員会でプレゼンした。CFOとCEOでは、アウトプットが異なる。2021年の中期計画では、エンゲージメントスコア(ES)をKPIの1つに掲げた。かつて、ESは19%であったが、昨年は39%まで上がっている。これを2025年には50%に高めていく。

・CFOの時は兵站を重視したが、今はCEOとして価値創りを結果でみせることである。数字以上にクオリティを重視しており、有言実行で自らを追い込んでいると強調した。NECは大きく変貌している。

・その1つの原動力がデザイン経営である。デザイン経営とは、デザインを企業価値向上に資源(リソース)として活用することである。そもそもデザインとは何か。色、形のデザイン、ものごとを設計するというデザイン、ファッションのデザイン、意匠のデザイン、製品の外形のデザイン、機能のデザインなど多様である。

・企業価値との関連でいえば、価値創造の仕組みであるビジネスモデルを設計することもデザインである。あるべき姿、ありたい姿、それを実践して実現するやり方を工夫すること、さらに分かり易くうまく伝えること、その伝え方を設計することもデザインであろう。

・NECのチーフデザインオフィサー(CDO)である勝沼潤氏の話を聞く機会があった。勝沼氏の考えるデザイン経営は、企業のイノベーションを推進しつつ、ブランド力を向上させ、それを通して競争力を強化することにある。

・本部であるデザインセンターに参画して以来、ブランド作りに注力してきた。デザインとは、ものごとの本質を引き出し、メッセージを研ぎ澄まし、美しく明快に表現することである。まずブランド戦略から入った。

・従来、ブランド戦略といえば、マーケティングの1つの領域があった。現在では、コーポレートブランド作りが問われている。コーポレートブランドとなると、トップのメッセージ、IR、PR、SNS、R&D、製品サービス、人材、企業文化など、すべてが関わってくる。

・ブランドとは、受け手の心の中にある認識であって、本人にとっての確かな評判といえる。まさにパーセプション(受け止め方)に依存する。ステークホールダーへのさまざまな活動を通して、企業価値向上に結び付けていく。CDOとして、ブランディングのメッセージをインパクトとして、捉えていく。

・NECの森田社長の行動も、プレゼンテーションの表現を通して、全人格的な人となり、経営者としてのリーダーシップや戦略、その実行力が、ブランドのデザインに関わってくる。確かに森田社長のプレゼンテーション力は圧倒的に高まっており、訴求力がある。

・デザインは表現の作り込みである。それには事業構想、事業開発、製品・サービス開発など、さまざまなストーリーが関わってくる。価値観をどうビジュアルに表現するか。これもデザインとして重要である。

・勝沼氏は、美大出身のデザイナーである。昔のイメージでは製品・サービスの工業用デザイナーを想起するが、そうではなく、企業価値創造をリードするデザイン経営のCDOとして力を発揮している。NECが変身を遂げてきたプロセスにおいて、経営陣の一人として大きく貢献している。

・NECデザイン経営はこれからも広がっていこう。グループ経営へ、海外事業の経営にも挑戦が続こう。デザイン経営をブランドという観点からフォーカスして、経営企画と連携していく。トップマネジメントと議論して、手書きのシナリオマップを作っていく、それを中期計画に織り込んで実践していく。

・デザイン思考という言葉は20年以上前からあったが、デザイン経営をここまで実践している企業は少なく、ユニークである。企業変革の見えない資産創りとして高く評価できよう。

・NTTデータグループ(NTTD)の佐々木社長は、2023年6月社長に就任した。海外システム開発企業の買収で、海外売上比率は6割、社員は20万人、世界6位のITサービスプロバイダーに位置している。

・DXをリードする企業として、何が重要か。デジタルに強いということで、技術(テック)からマーケットに入りたくなるが、そうではない。How(いかに)から入って、プロダクトやサービスを売るのではなく、顧客の課題を解決するのが本筋である。What(何が)から入って、経営課題について、CXOと議論をする。ここができるようにコンサルを強化している。

・生成AIの活用では。自律型AIを目指している。LLM(大規模言語モデル)は業務支援、RAG(検索拡張生成による最適化)は業務効率化に役立つが、その先のスマートエージェントに力を入れている。人に代わって、AIエージェントが自律的に働く。ここまでいくと、自律型AIで新規ビジネスによる価値創造に貢献できるようになると、佐々木社長はみている。

・グローバルイノベーターになるべく、E・G・Mフレームワーク作りに取り組んでいる。Eはエマージングで5年後を、Gはグロースで1~3年後を、Mはメインストリームで今の事業の推進である。

・2年前から世界の11か所にイノベーションセンター(220名)を設けて、E、GのテックのR&Dを進めている。米国やインドには、先進的なことが好きな顧客が多い。中国はとにかくチャレンジして、動くことに素早い。そういう特性を活かしていく。

・国内の基盤作りではDC(データセンタ)に投資していく。DCには電力が必要である。いかに社会変革をプロデュースしていくか。NTTDは社会変革のプロデューサーになることを実践する。宇宙ビジネスにも参入していく。事業化に当たっては、開発リスクは避けても、ビジネスリスクはとっていくという姿勢である。

・佐々木社長は、グローバルM&Aをリードしてきた。20万人のうち海外の15万人はアビシット・ダビー氏(インド人)がロンドンからマネージしている。佐々木社長の趣味は料理だそうで、料理のカギは、段取りと味見にあるという。

・企業経営においては、組織への感性を高めつつ、勇気を持って実行することをモットーとしている。日本に本社を有する企業として、マインドを活かしつつ、チャレンジとスピードも持ち込んでいる、と語った。

・第一三共は2005年に経営統合した。各々歴史のある会社で、開発力でワールドクラスのイノベーションを目指していた。1980~90年代の頃は、国内は自力で強かったが、海外はライセンス供与で任せるというビジネスモデルであった。

・しかし、2社の合併を機に、日本初のグローバルファーマとして、イノベーターになると決意した。がんの新薬開発に舵を切った。主力の抗がん剤「エンハーツ」は抗体薬物複合体(ADC)という仕組みの医薬品である。標的に結合する抗体と攻撃する薬剤を組み合わせて、ガン細胞を攻める。

・ADCは、ガン細胞を直撃する。抗体と薬物と、それを結ぶリンカーが三位一体となって、ガン細胞のみを破壊する。旧三共の抗体と旧第一製薬の薬物の2つの技術が融合した。このADC技術はがんの治療薬として有望であり、がん以外にも応用できる。

・奥澤社長も奥様をがんで亡くしており、がんに向き合う覚悟には強いものがある。前任の中山社長の時代にこの方向に舵を切って、大きな成果を上げている。

・しかし、自社開発の新薬のグローバル化は、すぐにはうまくいかなかった。インドのランバクシー・ラボラトリーのM&Aでは、同社のデータ捏造により、米国FDAの承認は得られず、米国市場に参入できなかった。世界市場の3分の2に参入できなくては戦えない。そこで7年後に多大な授業料を払って、ランバクシーから撤退した。

・ADCは2010年ごろから手掛けて、方向性はみえていた。R&Dのヘッドに外国人をスカウトして、開発にドライブをかけた。製薬会社は、R&Dをはじめ、専門性の高い集団である。この組織をどう作り、どう束ねていくか。奥澤社長は、CEOはオーケストラのコンダクターであれ、と自認している。

・専門家のサブセットのヘッドを集めて、エグゼクティブマネジメント力を高めていく。個別の役割を追求するだけではサイロン化する。1人ひとりのリーダーがパーパスを意識して、全体最適に貢献していくようにする。

・そのためには、心理的な安全の場を作って、自分のためでなく皆のため、皆に支えられているというチームを作っていく。

・奥澤氏は、CFOからCEOになった。40年同じ会社で働いてきた経営者にとって、最も大事にいていることは、「経営とは論理の積み重ねである」(尊敬するヤマト運輸の小倉元社長の言葉)と述べている。

・ランバクシーに出向して、PMIで苦しんだ。結局、手を切ることにした。状況がひっ迫している時に、1人で頑張ろうとしても無理である。ベクトルを合わせる必要がある。そのためのチームを構成し、カルチャーを醸成していく。

・現在、1.8万人の社員に向けて、グローバルHR部門がコーチングを実施している。HRからストレッチボールが次々と投げられてくる。これをどう受け止めるか。1人ひとりのパーパスと全社のパーパスをすり合わせていく。

・欧米企業のADCとの連携を次々と進めている。5つのADCを走らせながら、変革のスピードアップを図っている。連携が、お任せのパートナリングではなく、互いに強みを活かす新しいパートナリング作りを狙っている。

・以上、昨年の世界経営者会議で伺った3社のプレゼンは誠に興味深い。挑戦し、苦しんで、局面を打破して、次を切り拓いていく。新たな価値創造は、経営者の力量にかかっている。経営者の経営力を、結果が出る前に見出したい。投資家の力量もここにあるといえよう。

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