1ドル80円が日本の国力を上昇させる!― 円安はすでにメリットからデメリットに
株式市場にとって円高・円安に対する基本的な考え方は「円安=メリット」「円高=デメリット」だと思う。しかし、もはやその図式が当てはまらなくなっているというのが今回取り上げるお話である。
現在の為替は114円程度だが、1年前はいくらだったか覚えておられるだろうか? 即答できればなかなかの金融通だと思う。答えは何と103円台! 「このままいけば、ひょっとして100円を切るかも…」と話題になっていたものだ。
実際の為替レート自体11円もの円安だが、円の総合的な実力を示す実質実効為替レートは約50年ぶりの低水準になっている。実質実効為替レートは各国の通貨価値と物価変動を考慮して計算されるが、レートが上昇すれば購買力が上昇(通貨価値が上がる)し、低下すれば購買力が弱まる(通貨の価値が下落)ことを示す尺度だ。昨年12月時点での円のレートは68.0で、これは50年前の1972年並み(67台)の低さである。1995年頃のレートは150台なのでそれに比べると何と半分以下になっている。バブル崩壊以降の長引く景気停滞により他国と比べて日本の賃金や物価が上がらなかったこと、そして輸出競争力を重視して政府が円安につながる政策を押し進めたのが要因である。かつてとは経済構造も変わり、円安は日本の成長力底上げに寄与していない。さらに言えば、2013年に始まった黒田日銀総裁による「異次元」金融緩和で円の価値は一段と下がってしまった。
かつては円安が製造業の輸出競争力を後押しする形で経済成長に寄与した。今でも日銀は「円安は経済成長率を押し上げる」と主張している。だが、多くの企業が海外に拠点を移すことにより経済構造が変わり、円安による日本経済の押し上げ効果は弱まった。ちなみにGDPに占める製造業の比率は1970年代は35%あったが、2010年代になると20%に低下。むしろ足元では円安のデメリットが目立ってきている。
実質実効為替レートがピークだった1995年から足元までの日本の消費者物価指数の伸びはわずか4%なのに対し、米国は84%に達した。本来、物価が安定していれば通貨の価値は保たれる。逆に物価が上がると購買力は下がるため通貨の価値は低下する。このロジックに当てはめると、物価の上がらない日本の円の価値は上がり、それが名目の円相場にも反映されるはずだが、日米間の金利格差から実際は円安に振れて今年の1月上旬に5年ぶりの安値となる1ドル=116円台まで下落した。足元でも114円台と1年前より11円も安い水準に沈んだままなのは冒頭に申し上げた通りである。
米国では21年7~9月の個人消費はコロナ禍前の19年7~9月と比べて10%の増加。逆に日本の場合は5%ほど少なくなっている。ここにあるのは賃金が上がらない日本が抱える構造的問題だ。過去30年で米国の名目賃金が2.6倍になったのに対し、日本はわずか4%増にとどまり、個人消費は低迷したままである。ちなみに同じ期間での日本の社会保険料は35%増えた。膨らみ続ける社会保障費が家計を圧迫していることがよく分かる。
賃金が上がらないために需要が弱い、企業は原料高を転嫁したくてもできない、企業の利益は思うように伸びず賃金も上げられない…。こうした循環から抜けられない状況にある。消費が回復をみせる米国はすでに金融緩和の縮小に動いているし、それより一歩進んで利上げをする国も出てきた。緩和の出口が遠い日本にとっては円安圧力が一段と強まる要因だ。さらなる円安は、日本をいっそう貧しくすることになりかねない。
興味深いのは、現在進行中の円安・ドル高を米国の通貨当局が静観している点だ。トランプ前政権では対日貿易不均衡の拡大懸念から「日本は為替操作国」との円安批判がしばしば出たが、バイデン政権では全く異なる。その背景にあるのは米国の物価上昇問題だ。この秋の中間選挙に向けてインフレ抑制が重要課題になる中、輸入価格面で物価上昇圧力を抑える点で現在のドル高は政権にとって望ましい。バイデン政権にとって、対外貿易不均衡の是正よりも国民の生活を苦しめるインフレの抑制の方が重要な課題である。
一方、安い円は日本の政治問題になりつつある。原油高や円安による輸入物価上昇で国民の負担感が増している。日本でも今夏に参院選を控えており、円売りが一段と進むなら日本の通貨当局から牽制的発言が出てくる可能性がある。
各国の物価格差を図る有名な指標として「ビッグマック指数」があるのはご存知だと思う。21年7月時点でマクドナルドのビッグマックは日本では390円に対して、米国では5.65ドル(約650円)。円相場が1ドル=70円まで上昇しないと日本と同じ値段で米国ではビックマックを買えないほどの格差だ。現在の円安だと日本人は国内の7割増しのお金を払わないと米国でビックマックを買えないという購買力の低下につながっている。ラーメンの価格も国内では通常800円程度だが米国では20ドル(約2300円)近い値段であり、日本人からすれば驚きである。
購買力の低下は海外からモノを輸入する際のコスト増に直結する。日銀の輸入物価指数によると牛肉は10年前に比べ2.4倍に急騰、小麦は66%も上昇。今後、販売価格への転嫁が進めば、さらに生活者の負担が増すことになりそうだ。
さらにバランスシートで考えた場合、円安は日本の国力低下に直結していることがわかる。海外投資家が日本の1億円のタワマンを買うとしよう。為替が80円であれば125万ドルが必要だが、為替が現在の114円では88万ドルで済む。円安は輸出企業にとっては売上高が増える要因かもしれないが、日本の価値を下げることに直結する。私個人的には最低100円程度の為替レートでないと、日本にとってはよろしくないと考えている。希望は80円だ。そうすれば日本および日本人の購買力がグッと上昇して日本の国力が高まる。そういう政策こそ真剣に考えるべきだと思う。岸田政権が掲げる経済政策は「ばらまき」の要素ばかりが目立ち、国力アップの根幹に直結する構造問題に切り込む姿勢はほとんど見られない。皆さんはどう思われるだろうか?
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