悲観論・懐疑論対中央銀行の闘い

2013/04/05

【ストラテジーブレティン(96号)】

闘いの火ぶたは切られた
黒田日銀体制の登場により、誰の目にも中央銀行の闘いが明瞭となった。悲観論、懐疑論に対する闘いが。白川氏までの中銀は、中立を装う、傍観者、あるいは審判であった。しかし、これからの中銀は、悲観論・懐疑論を粉砕する軍隊の司令官(political activist)である。この司令官は著しくパワフルであり、容易に悲観論・懐疑論は打ち砕かれるだろう。何故なら中銀は無制限の弾丸を持っているからである。中銀は無制限の紙幣発行によりリスクテイカーを援護し、アニマルスピリットを鼓舞する。これに対して弾丸を持たないリスク回避者(悲観論・懐疑論)は、著しく非力であり、降伏せざるを得ない。投資家は雪崩を打ってリスク資産取得に向かうだろう。年末日経平均16000~17000円、1ドル=105円が視野に入ってきた。

「金融政策ではデフレは解決できない」「デフレ解消だけでは日本は良くならない」「超金融緩和はバブルを助長する」「超金融緩和はハイパーインフレをもたらす」「金融緩和はゾンビ企業を延命させるだけだ」等の悲観論・懐疑論は全て、現状は変えられない、現状を受け入れよという、宿命論である。大多数の学者、メディア・ジャーナリストそして白川日銀体制はそうした宿命論の信奉者であった。彼らは傍観者ぶっているが、その実態は、金融市場を売り崩す投機家の影の支援者となっていなかったであろうか。日本国民、日本政府そして黒田日銀体制はそうした悲観論・懐疑論が導く暗い現実を拒否したのである。

黒田東彦新総裁が打ち出した新機軸
黒田日銀新総裁は、従来の金融政策は「戦略を逐次投入していたため、デフレから脱却できなかった」として「現時点で必要と考えられるあらゆる措置を取ったと確信している」と断言。巨額の国債購入を軸に、マネタリーベース(資金供給量)の拡大を進める新政策で、今後2年を目途に物価目標の2%を達成する姿勢を強調した。その柱は、①マネタリーベース規模を2012年末138兆円から2013年末200兆円、2014年末270兆円へと倍増させること、②日銀保有国債の平均残存期間を従来の3年弱から7年程度に伸ばすこと、③上場投資信託(ETF、市場規模4.4兆円)の保有残高を年間約1兆円ペースで増加するよう買い入れること(株価に効果的な買い方を執行部で検討)、である。

日本経済史上の画期に

金利やリスクプレミアムの引き下げ、企業や家計が安全資産からリスク性資産に資金を移すリバランス効果、デフレが染みついた期待の転換がうたわれており、日銀が中立性を放棄し、リスクテイカー支援に回ったことが如実である。ようやく日銀がFRB、BOE、ECB並みの、市場価格に影響を及ぼすスタイルの、真正の量的金融緩和に踏み切ったものと評価される。以下にレポートした日銀の極端な消極姿勢が、抜本的に転換したのである。日本経済史における大きな画期となるだろう。

以下は、ストラテジーブレティン79号(2012年9月20日発行)の再掲である。

「ブラックスワン」対中央銀行、見劣りする日銀
ベン・バーナンキFRB議長とマリオ・ドラギECB総裁は無尽蔵の弾丸により、「ブラックスワン=貨幣偏愛」を殺すために立ちあがった。Don’t fight the Fed、投資家はリスクテイクの潮流に逆らうことはできないだろう。但し白川氏は及び腰、敵も鮮明でなく日本の独り負け形勢(円高デフレ)からの転換はぼやけたままである。


無尽蔵の弾丸を撃つFRB、ECB中央行
9月13日、米国中央銀行(FRB)はQE3に踏み切った。毎月400億ドルのMBS(不動産担保証券)を無期限で購入するというもの、資産価格引き上げを通して雇用と経済の持続拡大を果たすという覚悟が鮮明である。QE3は先行するQE1、QE2とは決定的な相違がある。第一にQE1、QE2は買い入れ資産規模が決められていたが、今回は無制限、第二にQE1、QE2はデフレ陥落の危機に対する防御が第一義であったのに対して、QE3はデフレリスクが十分低下しているのに実施しているという点である。図表1に見るように、QE1、QE2は米国の期待インフレ率(10年国債利回り-物価連動10年国債利回り)が急低下した時に実施されているが、今回はそれが十分上昇している局面で実施された。つまりQE3はデフレ防衛という受け身ではなく、雇用回復という目的に対して攻撃的スタンスに立っている。その最初の恩恵は住宅需要回復、住宅価格の回復となって現れるだろう。

9月6日、ECB理事会もESM(欧州安定メカニズム)への支援要請などを条件に、無制限のOMT (Outright Monetary Transactions、南欧諸国国債買い入れ)を決定した。それはユーロ危機の根底にあった、「ブラックスワン・シナリオ」(=恐怖の増幅によるシステム崩壊の可能性)を排除し、市場心理を根本転換させると予想される。2010年以降のユーロ危機は、南北間の不均衡と南諸国の放漫経済(低生産性・財政赤字)といったファンダメンタルズだけではなく、ユーロ崩壊必至と決めつける投機家の喧伝によって、金融市場が事実上機能停止(=「貨幣偏愛」の定着)したことによっておこった。OMTはそれに照準が合わせられている。

「ブラックスワン・シナリオ」に対する戦い
リーマン・ショック以降、市場参加者は過剰なリスク回避に囚われてきた。100年に一度のはずの「ブラックスワン・シナリオ」が毎年現れるかのような想定にとらわれ、極端なリスク回避バイアス(「貨幣偏愛」)が強められていた。「貨幣偏愛」が放置されれば経済の崩壊は不可避となる。FRB、ECBはそれを主敵とするあからさまな作戦に乗り出したのである。

そのタイミングが絶妙であった。6月のギリシャ選挙以降、大半の投資家の意表を突くサマーラリーがおこり「ブラックスワン・シナリオ」が劣勢の局面で作戦は打ち出された。投資家はDon’t fight the fedの格言通り、無尽蔵の弾丸を持つ中央銀行にチャレンジすることは困難になるだろう。6~8月世界の株式市場は悲観論が蔓延するなかでサマーラリーが展開された。10~15%の主要国株価指数上昇に対してヘッジファンドの運用成果は数パーセントと大きく劣後した。情報取得面での優位性の消滅、市場アクセスの優位性の消滅、金融技術活用優位性の消滅、などヘッジファンドの優位性が崩れた事が原因として語られた。それも一因だが本質的には投資家の相場観の大外れによるのではないか。テールリスクの過大視である。ブラックスワンは100年に一度のもの、毎年は現れないのに、それが頻発するとの悲観バイアスが喧伝され続けた。中央銀行が無尽蔵の貨幣発行をすれば「ブラックスワン・シナリオ」は回避できる、という事実を軽視していたと言える。

中銀政策の新時代が始まっている。第一に、セーフティーネット、金融危機に際しては最後の貸し手(lender of last resort)ではなく、最後の買い手(buyer of last resort)として振る舞う。第二に、流動性供給手段としては従来の銀行貸し出しを経由したそれではなく、市場価格の引き上げ=リスクプレミアムの引き下げを通した購買力の創造として遂行する、第三に、金融政策波及メカニズムの変化、資産価格上昇による資産効果、心理効果を重視する、というものである。それはバランスシートの拡大を通して行うため、ゼロ金利の下でも無尽蔵の弾丸を準備できる。

それにしてもバーナンキFRB議長は何故かくも果断なのか、それは研究者としての信念によるものだろう。①資本余剰・労働余剰が空前に、②直接金融、シャドーバンキングの増大、という金融環境の変化に対応したものである。デフレは不可避といった敗北主義からの観念論的批判は、経済成長の実現を使命とする政策当局にとっての選択肢にはならない。

及び腰の日銀、スタンスの差、鮮明に
9月19日、日銀も資産買い入れを10兆円増額するという新たな緩和策を打ち出した。白川総裁は「欧米に比べて日銀が大胆さ、積極性で見劣りするとは思っていない」と強弁するが、無制限の弾薬という点でも、主たる敵「ブラックスワン=貨幣偏愛」を明示していないという点でもその臆病さは比較にならない。円高デフレの害悪に対する認識、日本のデフレは統計上、過少評価されているとの認識(渡辺務東大教授「物価統計の精度向上を急げ」9月13日経新聞経済教室)、過度のリスク回避により日本の金融市場が完全に機能不全に陥っている(空前絶後のリスクプレミアム)という認識が、著しく希薄と言わざるを得ない。円高デフレの脱却は緩慢で、資産価格上昇も米国やドイツに劣後することとなりそうである。

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