日本・高金利というシナリオ ~我が国で金利上昇が発生した際のインパクトを探る~

2018/10/26

一昨日(24日)、カナダ中央銀行が利上げを決定した(※1)。7月以来今年で3回目となるこの利上げを通じて、カナダの政策金利である翌日物金利の誘導目標が0.25%上がり、年1.75%になった。

グローバル規模で量的緩和終了や利上げが止まらない。特にアメリカ連邦公開市場委員会(FOMC)による利上げの影響は計り知れないのは、いわゆる「リーマン・ショック」以降に連邦準備理事会(FRB)が量的緩和を行った結果、エマージング・マーケットを中心にドル建債務を軒並み増大させたことの副作用として、IMFやBISは数年前から警告を発していた。

アメリカの政策金利(フェデラル・ファンド金利)の動向を見るのに最適なツールとして知られているのが、大手金融取引所であるCMEグループが提供するCME Fed Watch Tool(※2)である。これはマーケットが織り込んでいる将来のフェデラル・ファンド金利水準について、ファイナンス理論に基づき米金利先物価格から各水準への遷移確率を抽出したものである。これによれば、2019年3月20日(米東部時間)に2.50-2.75%の水準にまで上がる確率は、本稿執筆時点(25日朝(日本時間))で40%近くになっている。金利上昇トレンドがグローバル規模で当たり前になっている。

他方でそうした上昇トレンドに抗ってきた国がある。どこか。我が国である。日銀は依然として量的緩和を堅持しているのだ。

しかし、こうした緩和の維持が継続するかどうか不確実になりつつある。量的緩和の意義について疑念が強まっているのは周知の事実であるが、緩和維持派に対し新たな向かい風となっているのが今月22日に日本記者クラブで催された白川方明・前日銀総裁の記者会見(※3)である。

白川前総裁は任期満了の約1か月弱前に当たる2013年3月19日に突然辞任している。その根本的な理由はその2か月前に内閣府と財務省との連名で日銀が公表した「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」(※4)であった。日銀の独立性を侵害され、また白川前総裁がその有効性に疑問を有していた政策を強要されたことに対する抗議の辞任だったと言われている(※5)。その白川・青山学院大特別招聘教授が声を上げたのだ。量的緩和の維持に対し一段とブレーキがかかりつつある。

株を中心に取引している投資家の皆様にとって金利は今一つ遠い世界の話であり、せいぜい住宅ローンや自動車ローンに関わるもの程度の認識しか無いかもしれない。しかしそれは大きな間違いだ。金融の根幹にあるのが金利なのである

機関投資家は顧客から預かった資金を運用する際、通常は借入や債券発行を通じてレバレッジを掛けるのが普通である。したがって自らの存続のため、目標利率を目指して運用する以前に負債利率を上回る成績を上げることが大前提として求められる。機関投資家にとって最低達成ハードルである金利(=調達コスト)が上がれば、必然的に目標利率も上げなければ顧客が逃げてしまう。更に機関投資家は一定期間(たとえば四半期)といった非常に短い期間でリターンを得なければならない。そうなると高リスクな取引を行わざるを得なくなるという訳だ。

またファイナンス理論の世界で株式などの金融商品、また企業自体を評価する場合、「割引」という計算が必須となる。このときに用いられるのも金利である。金利が上がるとこの割引という処理で企業はそれまでよりも安く見積もられる

さらに外国との金利差が開いた際に起こるのが「キャリートレード」と呼ばれる取引である。簡単に言えば金利の安い国で資金を調達した後、その資金を金利の高い国に持って行った上で運用し、最後に運用後の資金を調達国に戻して返済するという運用手法である。これが活発化すると為替を揺れ動かすことにもつながる。日本では1990年代後半にゼロ金利政策を行った際に円キャリートレードが加速したことで広く知られるようになった。このときには円安要因が円キャリートレードによるものだという議論もなされた。

ここで重要なのが、上述したことはある1つの前提があるということである。それは中央銀行による利上げの決定といった、ある意味でマーケットが予測している方向で上昇が生じた場合での議論だという点である。言い換えると、急激な金利ショックが生じた場合にはまた別の効果が生じ得るのだ。

金利マーケットにおける最も基本的な金融商品は、2010年代の欧州債務危機を経たとはいえ依然として国債である。国債は未だに多くの金融取引において担保に用いられている。

日本国債(現物)保有者のほとんどは日銀も含めた国内金融機関である。しかし、短期間で返済が必要な国債(国庫短期証券)は今年6月時点でなんとその6割以上を外国に頼っているのである(※6)。また国債の運用は満期保有が多いが、その間の価格変動をヘッジするために国債先物が存在する。その長期国債先物についても海外投資家の保有割合が多いのだ(※7)。つまり外国人が国債マーケットで仕掛けた場合、国債価格の急騰落が生じる可能性があり、それはすなわち金利の「急落騰」を生じる可能性があるということなのである。

量的緩和の異常が議論されている以上、国債価格の急激な変動にマーケットは敏感に反応する。金利急騰というシナリオを念頭に置かなければならない。ではそのときに株式マーケットで何が生じ得るのか。

まず絶対的に注意しなければならないのが、厳密に言えば株式では無いがJ-REITマーケットである。J-REITはその法的な仕組みの都合上、内部留保を持つことはまずあり得ない。つまりショック時にバッファーとなる現預金を殆ど有していないのである。またアベノミクスによる量的緩和以降、通常の貸出で利益が望めなくなった我が国の銀行は特殊な貸出に注力してきた。その中でも有力な貸出先の1つがJ-REITだったのである。そもそも我が国のJ-REITは他国のREITに比較しても投資法人債と呼ばれる債券や貸出、すなわち負債による資金調達割合が非常に高いことで知られている。したがって金利の急騰が生じた場合、まずJ-REITが大きな影響を受けるのだということに注意しなければならない。

無論、「リーマン・ショック」で多数のJ-REITが危機的状況に陥り、中には破産事例が生じたため、当座貸越を設定している例が少なくない。しかし、それも貸出であるために金利負担が生じるのは明らかであり、またその利率は通常の貸出よりも高い。したがって、たとえ破産を逃れようとも業績に悪影響が発生する。

それに関連し、J-REITの「スポンサー企業」に注意しなければならない。我が国のJ-REITは通常、ある企業が自らのスピンオフする、または新規事業として不動産運用を行う目的で組成する場合が多い。J-REITに対する負債投資が拡大している背景には、必ずしも当該J-REITに出資しているとは限らない「スポンサー企業」が問題時には保証してくれるだろうという“期待”を貸す側が有していたということがある。したがって、J-REITのスポンサーもこれに合わせて株価下落ということが生じ得るのである。

もう1つ注意しなければならないのが高レバレッジ企業である。高金利になった場合に、変動金利で借金をしている企業が債務負担額を増大させるのは明らかである。また前述した様に金利が上昇すると理論的な企業価値が下がるため、特に長期間を掛けて利益を上げていくビジネスモデルを有する企業は「割高」であると判定されやすい。たとえば、いわゆる「カショギ事件」を巡り、株価が一時2割も下落したソフトバンク(証券番号:9984)は高レバレッジ企業として知られている(※8)。タイミングによっては「泣きっ面に蜂」となりかねない。

個人投資家、特に初心者の場合、金利というものをそこまで重視していない場合がある。しかし金利こそが近代から現代に至る今の金融を作り上げる中で根幹の地位にあったということを忘れてはならない。それはすなわち、「金利が株価を左右する危険性がある」ということを忘れてはならない、ということでもある。

*より詳しい事情についてご関心がある方はこちらからご覧ください(※9)

※1 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36895950V21C18A0000000/

※2 https://www.cmegroup.com/trading/interest-rates/countdown-to-fomc.html

※3 https://mainichi.jp/articles/20181023/k00/00m/020/090000c

※4 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130122c.pdf

※5 https://dot.asahi.com/wa/2013021100010.html?page=1

※6 https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/breakdown.pdf

※7 https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-derivatives/sector/nlsgeu000003m50n-att/Tousi_DV_W_201810_2_1009_1012.pdf

※8 https://mainichi.jp/articles/20181023/ddm/008/020/081000c

※9 https://www.mag2.com/m/0000228369.html

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
原田武夫グローバルマクロ・レポート   株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
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