『サイバー空間の文明化』のために必要なことは何か?

2021/06/25

去る(2021年)6月16日、バイデン米大統領とプーチン露大統領がスイスのジュネーヴで初の対面での首脳会談が行われた。会談後の「共同声明」では、「核戦争による勝利は存在せず、決して核で戦ってはならない」との基本原則を確認した上で、米露両国は軍備管理とリスク低減のための「戦略安定対話」を発足させることが合意された(参考)。ただ、サイバー安全保障や選挙介入、ウクライナ情勢といった一連の問題については、意見の相違を確認するに留まった。

(図表:レマン湖畔の「ヴィラ・ラ・グランジュ」で会談する両首脳)

(出典:ホワイトハウス公式Twitter

そうした中で注目されるのは、サイバー空間での安全保障体制の構築に関する議論である。この問題については、同会談に先立ち開催された、北大西洋条約機構(NATO)や主要7​カ国首脳会議(G7サミット)での声明でも言及されており、サイバーセキュリティの重要性が改めて世界に“喧伝”されたことになる。

バイデン氏は米露首脳会談後の記者会見で、サイバー攻撃問題についてプーチン氏に次のように追及したことを認めた(参考):

「私は特定の重要インフラは攻撃の対象から外すべきだという提案について話をした。サイバー攻撃であっても、ほかの手段であってもだ。私は彼らに、16の具体的な対象を挙げたリストを渡した。16分野の重要インフラだ」

他方で、プーチン氏はサイバー攻撃にロシア政府は関与していないと主張し、逆に「米国発のサイバー攻撃が世界で一番多い」とも述べ、米国に責任を転嫁する姿勢を示した(参考)。

バイデン氏のいう「16分野の重要インフラ」とは、米サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)が「重要インフラ」として定義した以下のセクターである(参考):

「化学、商業施設、通信、重要な製造分野、ダム、防衛産業基盤、緊急サービス(警察、消防など)、エネルギー、金融サービス、食品および農業、政府施設、医療および公衆衛生、情報技術、原子炉・核物質および核廃棄物、輸送システム、上下水道システム」

バイデン氏は先日(2021年5月)サイバー攻撃を受けた米「コロニアル・パイプライン」の事例を挙げ、「米国の状況を理解するよう迫った」という。インフラへの攻撃については、米国のみならず世界中がもはや標的となる可能性を秘めている。日本企業をねらったサイバー攻撃も相次いでいる。直近では、化学素材メーカーのADEKA(4401)と三菱商事(8058)のアメリカの合弁会社「アムファインケミカル」、計測機器メーカーのキーエンス(6861)のドイツの子会社、それに医療機器メーカーのニプロ(8086)のアメリカの子会社が、それぞれ身代金要求型のウイルス「ランサムウェア」を使ったサイバー攻撃を受けたと見られる。

(図表:身代金要求型のウイルス「ランサムウェア」のイメージ)

(出典:pixabay.com

こうした中でのバイデン氏の今次発言に対しては、米IT企業VMware社のKellermann氏は、「サイバー空間の文明化につながる重要な瞬間」だったと述べ、また、YouAttest社のGrajek氏も「サイバーセキュリティの世界にいる者はすでに全員が協力するメンタリティを持っているが、私たちの懸念が業界外のリーダーシップの視点で共有されたのは健全なことだ」と述べている(参考)。

このように、サイバーセキュリティに関しては、これまでも業界関係者の間ではかなり高度なレヴェルで議論され、日々対策が講じられているが、他方で業界外の一般人にとっては、その重要性は認識しつつも、「いつか勉強すればいい」といったレヴェルのまま数年、数十年と時を経ているのが正直なところではないだろうか。

英国籍でユダヤ系ドイツ人の社会学者ノルベルト・エリアスは著書『文明化の過程』で、文明化の問題を「到達点」ではなく「過程」として捉えた上で、「国家による暴力独占」と「人間の自己抑制」が文明化のカギとしているが(参考)、この議論はサイバー空間の文明化にも当てはまるのではないだろうか。

今次の首脳会談でバイデン氏は「サイバー空間での安全保障体制の構築に向けた協議」についても触れたが、これは最終的には「絶対的かつ効果的な条約レヴェルでの合意」へと収斂されることで「国家による暴力独占」の機能を果たし、他方でサイバーセキュリティの重要性を業界外のリーダーシップの視点で共有されたことは、業界外の人間にもその重要性を認識せしめ「人間の自己抑制」の機能をも果たすことにつながる。

サイバー空間は日々進化し続けており、サイバーセキュリティへの取り組みにはまさに「到達点」はみえないわけであるが、他方で上記2点への視座を持ち続けることで、サイバー空間の文明化を進展させることができるのかもしれない。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

原田 大靖 記す

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
原田武夫グローバルマクロ・レポート   株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
トムソン・ロイターで配信され、国内外の機関投資家が続々と購読している「IISIAデイリー・レポート」の筆者・原田武夫がマーケットとそれを取り巻く国内外情勢と今とこれからを定量・定性分析に基づき鋭く提示します。
・本レポートの内容に関する一切の権利は弊研究所にありますので、弊研究所の事前の書面による了解なしに転用・複製・配布することは固くお断りします。
・本レポートは、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。金融商品の売買は購読者ご自身の責任に基づいて慎重に行ってください。弊研究所 は購読者が行った金融商品の売買についていかなる責任も負うものではありません。

コラム&レポート Pick Up

このページのトップへ