いま注目すべき「藍」の効用
「青は藍より出でて藍より青し」
この有名な諺にも表されるように、藍は青の染料としてよく知られている。その歴史は古く、紀元前3000年のインダス文明遺跡から藍染に使われた染織槽跡が発見されており、その後シルクロードを通じて世界各地に流通していった。藍から染め出される「甕覗き(かめのぞき)」、「薄藍(うすあい)」、「浅葱色(あさぎいろ)」、「縹色(はなだいろ)」、「藍色(あいいろ)」、「勝色(かちいろ)」、「留紺(とめこん)」といった多様な色彩が魅力とされる。
(図表:藍染)
(出典:Wikipedia)
しかし「藍」の効用は染料にとどまらず、古来より薬草としても珍重されてきた。例えば日本でも、918年の『本草和名』で藍は解熱剤として紹介されている。中国医学では流⾏性感冒、脳炎、細菌性下痢、急性胃腸炎に効果があるとされ、現在でも藍を原料とする漢方薬「板藍根」は家庭常備薬とされている。その効能は幅広く、風邪・インフルエンザ・耳下腺炎・扁桃腺炎・手足口病・ノロウイルスやロタウイルスなどによる感染性胃腸炎・肝炎ウイルス・肺炎・髄膜炎などの感染症、さらには歯肉炎・口内炎・各種皮膚病といった化膿・炎症傾向のある症状・疾患の予防と治療に用いられている。2003年に中国でSARSウイルスが大流行した際には中国衛生部が「板藍根」(藍の根を原料とする漢方薬)に予防効果があると公式に認めて積極的な服用を促し、世界保健機関(WHO)もその効果を高く評価した。
(図表:アイ)
(出典:Wikipedia)
日本では徳島県が「藍」の産地として知られている。江戸時代から徳島の「阿波藍」製品は全国に流通し、徳島の経済を支えてきた。安価で良質なインド藍や化学合成された人造藍の輸入の急速な拡大により、明治後期以降日本の藍産業は一時衰退したものの、昭和後期に伝統産業が見直される中で藍染作品が再び注目を集め、徳島県の藍栽培の面積は再び増加してきた。
藍の精製技術を持つ企業の一つが株式会社林原であった。林原生物化学研究所は2005年、藍の水抽出により特許を取得している。タデ藍水抽出液のメラニン生成抑制、抗酸化、コラーゲン産生促進、保湿といった作用によりエイジングケア化粧品となっている。しかし林原は2011年に倒産し、当初事業再生ADR(裁判外紛争可決手続)での再建を目指したが、わずか一週間後にそれを断念し、会社更生法を申請した。その後1年足らずで長瀬産業(TYO: 8012)の投融資等により更生計画を終了した。長瀬産業は林原への出資・融資として訳700億を投じており、これは買収の前年度(2010年度)の最終利益の5年分ほどであった(参考記事)。2014年には長瀬産業の傘下となった株式会社林原が、高含有の藍抽出粉末の製造により特許を取得している。これが抽出液に比べて保存時の安定性や配合時の溶解性に優れているとされていることからも、林原は藍抽出技術について注目すべき企業である。
また、藍の有効成分のうち「トリプタンスリン」が抗菌作用を持つと考えられている。今年(2020年)1月には弘前大学らの研究で、青森藍の葉エキスが(インフルエンザ)ウイルスに対しても高い抗菌作用を持つことが初めて確認された(参考記事)。さらに、「トリプタンスリン」は藍染の染料「インディゴ」との相互作用により布への浸透・吸着量が増加するという研究結果もある(参考論文)。
世界では現在、新型コロナウイルスのワクチン開発競争が加速している。しかし例外的な速さで進められるワクチン開発には、副作用といった健康被害も懸念されよう。他方で米国の国立衛生研究所(National Institutes of Health)では昨今、従来の石油系薬品から生薬系薬品に関心が集まっている。新型コロナウイルスに対しても、抗菌成分「トリプタンスリン」を吸着させた藍染のマスクには一定の効果が期待するという方向性はあり得ないだろうか。“ジャパン・ブルー”の藍染マスクが、ワクチンや通常のマスクに対する日本発のオルタナティヴとして期待される。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す
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