タネだけではない農業マーケット ~「土壌」改善という方向性~
はじめに
遺伝子組み換え作物(GMO)に関する議論が活発化している。新たな遺伝子技術が開発される中で、食物遺伝子の組み換え技術も更に発展し続けている(※1)。こうした動きに対して反発は常に生じるものである。遺伝子組み換え作物についてはその安全性について常に疑問視されてきた。我が国の場合、たとえば20年前から反対運動が活発化している(※2)。
我が国で最近この議論が再活発化したのは、昨年4月に、我が国における種子政策の根本となる種子法(主要農作物種子法、昭和27年5月1日法律第131号)が廃止されたからである。各地方自治体は種子法に代わる条例の制定を進めている。たとえば今月6日には北海道議会で種子法と同内容の条例が可決されたが、これは6例目となるという(※3)。
本稿は、種子に関する議論がますます活発化する中で、我が国の農業マーケットはどのような方向に進んでいくのかを議論する。
そもそも我が国の農業マーケットとは?
我が国の現在農業政策の起点は言うまでもなくGHQによる農地改革であることは言うまでもない。この改革を通じて、地主が否定されると共に小作農が消滅したわけである。ここで注目したいのが、歴史的には農業が労働集約型であったということである。土地生産性を向上させるには、大規模化および労働集約化こそが必要だったというわけである。
歴史の教科書では、農地改革を通じて農家のモチベーションが惹起されたことで農業生産量が増大してきたという議論がなされている。しかし、数値的に検証すると、その様な事実は見出し難いという見解が在るのだ(※4)。
それが機械や農薬、さらには肥料が改良され、それを投入することで労働集約的ではなく資本集約的ビジネスへと転換していったのが農業の歴史的推移である。すなわち、農業をビジネスとして見る際には、今や農業機械や農薬、そして肥料に焦点を当てるべきである。
我が国に話を戻すと、江戸時代には緑肥や草木灰、さらには下肥(人糞尿)が重要な農業資源として流通してきたが、さらには金肥と呼ばれる干鰯や油粕といったものが流通してきた。これが明治時代となり西洋技術が流入する中で、化学的に肥料を合成する技術が導入されてきた。昭和電工や旭化成、信越化学工業、積水化学といった現在の日本を代表する大企業のルーツはこうした肥料作成にも関わる化学的な窒素合成にある。ここで注目すべきが、戦前期においてこうした技術のルーツである欧州では堆肥が基本で化学肥料があくまでも補助的に用いられてきたものの、我が国では対照的に化学肥料による置き換えが積極的に起きてきたという事実である(※5)。
戦後の農業政策は化学肥料や農薬の普及を前提視してきたことを忘れてはならない。依然として労働集約型のビジネス・スタイルを引きずった日本において自作農を多数誕生させたのみならず、戦前からの化学肥料に対する姿勢も相まって、米国における資本集約的な化学肥料・農薬を用いる農業スタイルが導入されてきた。その極めつけが農協の導入であった。農協から肥料や種子を購入し、農協を通じて作物を流通させるという流通が構築されてきたというわけである。
世界の農業マーケットにおける現実とは?
我が国で遺伝子組み換え作物(GMO)が忌避される主な理由は遺伝子組み換えの安全性であるが、そもそも遺伝子組み換えが作物に応用されてきたのは、農薬に対する耐性を与えるためであった。農薬は端的に言えば虫に対する毒なのであって、それに農作物もやられてしまっては意味が無い。そういった事情から薬剤耐性を与えるべく遺伝子組み換えを行なったというわけである。遺伝子組み換え作物(GMO)を導入してきた諸企業が軒並み化学企業(たとえばBASFやシンジェンタ、デュポン)であったのはそれに由来する。
しかし、そうしたビジネス・モデルは崩壊しつつある。遺伝子組み換え作物ビジネスの口火を切ってきたモンサントを買収したバイエルが、買収後に苦境を迎えているのがその典型である。たとえばモンサントの主力製品である「ラウンドアップ」などで利用される除草成分「グリホサート」に発がん性があることが報道されている(※6)。これと並行してプラスチック製品の排除運動が世界的に進んでいるのも忘れてはならない。いずれも石油といった鉱物性化学製品であった。グローバルで化石燃料からの脱却が叫ばれる中、化学肥料も駆逐されつつあるということである。
他方で、グローバル規模での気候変動が遺伝子組み換え作物導入の一因にあるのは今更言うまでもない。急激な寒冷化や台風による水害など、枚挙に暇がない。たとえば昨年7月、西日本での集中豪雨を受け、ネギ価格が暴騰したのは記憶に新しい所である(※7)。こうした抗しがたい環境変化への抵抗として作物自体を強くしようとしている面もある。こう考えると安直に遺伝子組み換え作物(GMO)を否定することも出来ないことに気付かされる。
おわりに ~「土を創る」という方向性~
種子法や遺伝子組み換え作物(GMO)など、種子に対する注目が強まっているのが現実ではあるが、他方で作物自体の改良しか、気候変動や人口爆発による食糧不足問題への対策はあり得ないのだろうか。
ここで筆者が注目したいのが土壌改良である。肥料はそもそも土壌の栄養分を調整することで作物の育成を促進し収穫量を多くしたり、栄養分を良化したりするために用いてきた。
しかし、そもそも我が国の土壌は実際のところあまり質が良くないという事実はあまり知られてはいないのではないか。というのは、我が国は火山を多数抱える国家であり、火山灰に覆われた土地が多いためである。たとえば北海道の根釧台地で酪農が盛んなのは、火山灰土であるために畑作に不向きであるからという側面が在るのである。こうした土地では水はけが良すぎるために肥料がもつ栄養分を土壌が保つことが困難であり、そのために作物が吸収する肥料分が少なくなるというわけである。
森林地が放棄されたりと我が国では過疎地における土地問題への対策が焦眉の急となっているが、こうした土地の「土壌」を売買するということで農業生産性を向上させてていくという方向性も議論され得るのではないか。安定生産のために水耕栽培も始められているが、目下コストが高すぎるという側面がある。当面、土壌と農業を切り離すことは困難である。そうである以上、土壌そのものを持ってくる、肥料を用いずに土壌を改良するという方向性が生じ得ることを想起すべきである。
(*より俯瞰的に世界情勢やマーケットの状況を知りたい方はこちらへの参加をご検討ください(※8))
※2 https://www.greencoop.or.jp/idensi/
※3 https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2019-03-08/2019030801_04_1.html
※4 https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/19803/1/keizaikenkyu04603249.pdf
※5 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/22/9/22_9_671/_pdf/-char/ja
※6 https://www.cnn.co.jp/fringe/35132813.html
※7 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32775070Z00C18A7QM8000/
※8 https://haradatakeo.com/ec/products/detail.php?product_id=3091
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