統合報告書の作り手と読み手~必読するには

2020/06/01 <>

・3月にKPMG(あずさ監査法人)から「日本企業の統合報告に関する調査2019」がレポートされた。今回で6回目のサーベイである。いつもながら充実している。有価証券報告書の記述情報の改定も進められているので、両者の開示状況の比較を行っている点も興味深い。

・2019年の統合報告書の発行企業数は513社(前年比+89社)となった。うち東証一部企業が477社と、全体の93%を占めた。日経225構成銘柄のうち、統合報告書を発行しているのは175社で、ここを中心に分析された。

・本レポートに、オックスフォード大学のロバートエクレス客員教授がメッセージを寄せている。エクレス教授は、10か国の統合報告書を共同研究者と一緒に分析した。その質をスコアリングしてみると、日本は8位にとどまった。

・なぜか。その答えがKPMGのサーベイに現れているとみることができよう。KPMGは、統合報告書を7つの項目から分析している。

① 事業環境の見通しについて、ビジネスモデルとその成果に大きな影響を与える事象の重要度(マテリアリティ)と結び付けて説明している企業は、全体の20%にすぎない。

② ビジネスモデルの持続性の観点からマテリアリティ(重要度)を論じている企業は、全体の35%にとどまる。マテリアリティの度合いについては、本来取締役会が評価すべきであるが、そこを説明している企業はほんの一部である。

③ マテリアルな事象を評価した上で、それと関連付けてリスクと機会を説明している企業は、22%であった。リスクをいかに管理し、機会から価値をどう創出するのか。ここが結びついていないと、読み手にとっての有用性は低下する。

④ では、マテリアルな事象から導き出したリスクと機会を踏まえて、新たな価値創造を目指す企業の姿(次のビジネスモデル)への道筋は描けているか。これに向けた戦略と資源配分について、定量的な非財務目標を掲げている企業は、26%にとどまる。

⑤ 全体戦略の遂行に不可欠な財務戦略はいかに。資本コストを踏まえた収益力や資本効率の目標やその根拠を説明している企業は、29%であった。CFOメッセージももう一歩踏み込む必要がある。

⑥ 戦略目標に対する進捗と見通しはどうか。業績については多くが語られているが、現在の業績を中長期の戦略目標の達成に至るプロセスとして説明できている企業は、48%であった。この数値は相対的に高かった。

⑦ ガバナンスについては、価値創造を支える仕組みとして、実効性のある運用が求められている。ガバナンスにおいて、選解任のあり方が注目されているが、最も重要なことは、CEOに資質である。CEOに求められる資質を説明している企業は、10%にすぎない。

・以上の7項目に関するKPMGの分析は、いずれも的を射ている。投資家としては、突っ込んで知りたい内容である。これらの数値がいずれも低いということは、統合報告書が読み手にとってまだ十分でないことを意味する。

・作り手にとってはどうなのか。統合報告書を作ること自体が、一大プロジェクトである。どの会社でも、マテリアリティがはっきりさせて、将来のビジネスモデルが描き、それを推進できているとはいえない。苦労しながら改善努力を続けているのが実情であろう。

・しかし、その内容が不十分であり、グローバルに見た時、先進的とはいえず遅れが目立っている。日本にも、統合報告に優れた企業は存在するし、増えている。しかし、全体的な質としては、一層の努力が求められる。

・筆者も、上場企業の統合報告書はいろいろ読むが、1) 企業の内容を知りたい時の導入としては大いに役立つ、2) 現状の実態を知って何が足らないかを知るにも役立つ、3)しかし、投資家として、企業価値創造の将来性を確信できる内容を有しているものはまだ少ない。

・どうしたら良くなるか。KPMGは3つの提言を行っている。第1は、ストーリーで伝えよ。第2は、財務インパクトの大きい非財務情報を伝えよ。第3は、どのような媒体でも根底にあるストーリーは共有せよ。以下では、これらの点について咀嚼してみよう。

・将来に向けた価値創造のストーリーを、経営トップが自らの言葉で生き生きと語ってほしい。といっても、ストーリーを支える戦略や経営資源が整っていないこともあり、数年かけて作っていく途上にあることも多い。それを踏まえて、語ることが大事である。

・財務情報は結果である。目標とする財務数値を生む出すために何がマテリアルなのか。価値創造の仕組みであるビジネスモデルを支える非財務情報の中身を知りたい。定性的にはもちろん、何らかの定量情報に仕上げてほしい。

・統合報告書は、「統合報告(Integrated Reporting)」の1つの形である。コンテンツがしっかりまとまっていれば、企業のさまざまな開示の局面で共通に使える。決算短信、株主通信、事業報告書、有価証券報告、多様なステークホールダーとの対話資料など、ベースを揃えて活用できよう。

・中堅企業においても、まずはわが社の統合レポートを作ってみてほしい。次に改善していけばよい。3年あればレベルはかなり上がってこよう。作り手が熱意を持っていれば、読み手が増えてくる。投資家、株主は必ず読むようになろう。社員や新規採用候補者もじっくり読もう。取引先も目を通すようになろう。

・いかに改善していったらよいか。そのヒントがKPMGの今回のレポートで指摘されている。実は、ハードルが高いかもしれない。なぜなら、レポーティングの質的向上は、企業の経営革新と軌を一にする。だからこそ、大いなる挑戦を期待したい。

株式会社日本ベル投資研究所
日本ベル投資研究所は「リスクマネジメントのできる投資家と企業家の創発」を目指して活動しています。足で稼いだ情報を一工夫して、皆様にお届けします。
本情報は投資家の参考情報の提供を目的として、株式会社日本ベル投資研究所が独自の視点から書いており、投資の推奨、勧誘、助言を与えるものではありません。また、情報の正確性を保証するものでもありません。株式会社日本ベル投資研究所は、利用者が本情報を用いて行う投資判断の一切について責任を負うものではありません。