明るいトーンだった日銀の展望レポート

2017/07/06

(要旨)
・多くの人に注目されている展望レポート
・ 景気に関しては、明るいトーン
・ 消費税については、政府へのリップサービスかも
・インフレ率については、なかなか厳しい見通し
・金融緩和は続けるべきなのか?

・多くの人に注目されている展望レポート
日本銀行は、年4回(通常1月、4月、7月、10月)の政策委員会・金融政策決定会合において、先行きの経済・物価見通しや上振れ・下振れ要因を詳しく点検し、そのもとでの金融政策運営の考え方を整理した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を決定し、公表している。
まさに金融政策が決定された背景となる日銀の景気認識であるから、重要である事は疑いない。特に、市場関係者にとっては、将来の金融政策を予想する事が重要なので、日銀が何を考えているのかを知る事が必要なのである。

一方、純粋に景気について知りたい人にとっても、展望レポートは貴重な資料である。日銀は、我が国最高のエコノミスト(本稿では景気の予測をする職業の人という意味)集団だからである。金融政策を正しく行なうためには、景気の現状認識と予測を正確に行なう必要がある。そのため日銀は、優秀な人材を調査部門に配属しているのである。

建前としては、展望レポートは組織としての日銀ではなく、政策委員によるものであるが、日銀の事務方の作業に依存している部分が多い事は明らかである。政策委員の見識と事務方の知識・ノウハウが凝縮されているとなれば、読まざるを得まい。加えて、豊富な図表が理解を助けてくれるところも有り難い。

・景気に関しては、明るいトーン
さて、4月27に要旨が、28日に全体が発表になった今回の展望レポートは、景気に関して比較的明るいトーンで書かれている。従来は「緩やかな回復基調」としていた景気判断を「緩やかな拡大に転じつつある」に変更したもので、「拡大」という表現を盛り込んだのは、リーマンショックの影響で景気が後退局面に入る前の平成20年3月以来、およそ9年ぶりである。

景気には、「よい」「悪い」という水準の問題と、「上向き」「下向き」という方向の問題がある。通常、日銀や景気の予想屋たちが気にするのは景気の方向であり、一般の人々が気にするのは景気の水準であるから、政府が「景気回復宣言」を出すと混乱が生じる。政府は「景気の方向が下向きから上向きに変わった」と発表しているのに、「景気はちっとも良くない」という批判が沸き起こるのである。

今回の展望レポートでは、「回復」が「拡大」に置き換わっている。これは、「方向として上を向いている」という点では変化が無いが、「悪いものが普通になる」というイメージの「回復」ではなく、「普通の物が大きくなる」という言葉を使ったという事は、「景気は水準としても悪くない」という認識を示したものであろう。

・ 消費増税後については、政府へのリップサービスかも
2019年10月には、消費税率が10%に引き上げられる予定である。そのため、駆け込み需要と反動減が予想されるほか、そもそも消費増税の景気下押し効果も加わり、2019年度下期の景気は相当厳しい状況になると予想される。これについて日銀は、消費増税を前提とした上で、なおかつ景気の拡大は続くと予想している。

「消費税が5%から8%になった時も景気は回復を続けたのだから、8%から10%になる時も当然、景気は拡大を続けるはず」という事なのであろう。もっとも、この部分は文字通りには受け取れないかもしれない。仮にも日銀が「消費増税後は景気が後退するだろう」などと言えば、政府と対決する事になってしまうため、本音がどうであれ、拡大が続くと書かざるを得ないからである。したがって、消費増税後の日銀の景気予測については、「何の判断も読み取れない」と考えておいた方がよさそうである。

なお、消費増税によって「財政再建の道筋に対する信認が高まり、将来不安が軽減されれば、経済が上ぶれる可能性もある」という表現があるが、本当にそう考えているのであろうか?現実を見ずに純粋経済理論だけで論陣を張る経済学者ならいざ知らず、日々の現実を直視している中央銀行が示す展望としては、不自然であろう。まあ、政府へのリップサービスという事で、読み飛ばしておくこととしよう。

・インフレ率については、なかなか厳しい見通し
景気が回復しているにもかかわらず、インフレ率は高まりを見せていない。展望レポートによる2017年度のインフレ率予想(政策委員見通しの中央値)は、前回1月時点での見通しであった1.5%から今回の1.4%へと、むしろ下方修正されている。携帯電話関連の値下がりと、3ヶ月前に比べて円高が進行している事が一因であろう。

2018年度までの見通しについては下方修正せず、従来の見通しと概ね不変としているが、これも「2年で2%のインフレ率を達成する」と4年前に宣言していた事を考えると、決して褒められたものではない。

もっとも、物価が上がらない事は、日本経済にとって悪いことではない。景気が良く、失業者が少なく、企業業績が好調なら、物価など上がらない方が良いとさえ言えよう。物価が上がらなくて困るのは、物価目標を2%と定めている日銀だけである。展望レポートの書き手にとっては残念であっても、読み手ががっかりする必要は無い。気をつけたい(笑)。

・金融緩和は続けるべきなのか?
日銀総裁は、会見で「必要なら追加緩和も」と発言されている。もちろん、状況次第であろうが、現状に大きな変化が無いとすれば、むしろ出口を探るべきでは無かろうか?

インフレ率2%というのは、それ自体が望ましいわけではない。「景気を回復させるためにはインフレ率を2%程度にまで高める事が望ましい」という事から、中間目標として目指されているものである。

すでに、景気が「良い」のであれば、インフレ率を2%にする必要は無い。必要があるとすれば、「日銀のメンツを守る」というだけであろう。可能性は低いと思うが、黒田総裁の後任者が「景気も良いし、インフレ率2%の目標は撤回します」と宣言する事も有り得なくはない。頭の片隅に入れておきたいリスクである。

(5月1日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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