景気と企業業績の関係を考える

2021/08/09

■景気が良い時は企業が儲かるのが基本
■増益率は景気の谷直後が最大に
■景気の山直前の増益率は小
■労働分配率は企業収益とほぼ逆相関
■単位労働コストからインフレを考えるのは危険

(本文)
■景気が良い時は企業が儲かるのが基本
景気が良い時には物が売れるので、企業は儲かる。そもそも景気が良いという言葉の定義が儲かっているという意味も含んでいるわけで、好況が利益を増やすというのは当然の事であろう。

しかし、増益率となると、それほど単純ではない。景気回復の初期には増益率が非常に高くなるかも知れず、景気が回復を続けるにつれて増益率は低下していくからである。

■増益率は景気の谷直後が最大に
景気の谷では、前期の利益が小さいので、少しの増益でも増益率は大きくなる。人々は景気が回復を始めた事に気付いていないから、大幅な増益となった事がサプライズとなり、株価を大きく押し上げる事もあり得よう。

増益率が大きくなるのは、前期の利益が小さいことだけではないかも知れない。売り上げが少しでも増えると、収入が増えるが、固定費は増えないので、売上増から変動費の増加分(=材料費)を引いた分がそっくり増益となるため、増益額も意外と大きいかも知れないからである。

不況期には労働者は社内失業状態にあり、設備機械も遊んでいるので、売り上げが増えて生産量が増えても残業の必要がなく、設備投資の必要もなく、固定費は増えないのである。

■景気回復初期は支払い金利が減るかもしれない
それ以外にも、景気回復初期には細かい増益要因が色々あるかも知れない。一つは、金利面と借入残高面からの利払い額の減少である。その他、減価償却費も前期より少ないかも知れず、材料費も前期より安いかも知れない。

銀行借入の金利は前期より低いかも知れない。一つには、金融政策は最後の1回が無駄である、と言われているように、日銀が景気回復に気づかずに景気対策として金利を引き下げるかも知れないからである。もう一つ、銀行の貸出金利引下げ競争によって借入金利が下がるという可能性もあろう。不況期には資金需要が無いため、銀行間の貸出金利引下げ競争が激化しがちだからである。

金利が下がるだけではなく、借入残高も減っているとすれば、支払い金利は更に大きく減るはずである。不況期には設備投資をしないので、過去の設備投資の分が減価償却され、その分はキャッシュフローを生み出すので銀行借入の返済に使えるからである。

好況期に仕入れた値段の高い原材料の在庫が前期で使い終わり、今期の決算に計上される材料費は最近仕入れた値段の安い在庫になるかも知れない。実際には、仕入れ価格が景気悪化とともに少しずつ下がり、タイムラグを経て今期の材料費が少しずつ下がる、という事が景気の谷を超えてもしばらくは続く、という事であろう。

■景気の山直前の増益率は小
景気の回復が続くと、増益率は次第に低下してくるであろう。最大の要因は前期の利益水準がそこそこ高くなってくるからであるが、利益の増加スピードも抑制されて来るはずだ。

社内失業が消えるため、生産量の増加が残業代の増加や新規雇用による人件費増加につながるようになる。設備投資が増えれば減価償却費も借入金利の支払いも増えるだろう。景気拡大が続くと、固定費が増え始めるのである。

固定費だけではない。景気が回復すれば、材料費も値上がりしてくるかも知れない。金利支払いは、金利の上昇によってももたらされるかも知れない。

最後には労働力不足になって生産が増やせなくなったり、工場がフル稼働になって生産が増やせなくなったりして、売上高の増加率も低下していくかも知れない。

バブル崩壊後の長期低迷期には、景気が回復して金利が上がったり設備がフル稼働したりする前にリーマン・ショックなどで景気が悪化したため、日本では過去30余年にわたって景気が過熱したことがない。したがって、日本にいると景気過熱の状態がイメージしにくいかも知れないが(笑)。

■労働分配率は企業収益とほぼ逆相関
景気は労働分配率を変動させる。景気が変動しても賃金水準はそれほど変化せず、せいぜい賞与や残業代が増える程度だが、企業収益は大きく変動するからである。

したがって、好況時には労働分配率が低下するが、これは嘆く必要が無かろう。不況時には労働分配率が上昇するが、これも喜んではいけないだろう。

「労働分配率が下がったから利益が増えた」「労働分配率が上がったから利益が減った」などと考える人もいるようだが、それは因果関係が反対なので、気をつけよう。

労働分配率を動かす要因としては、長期では労働者と経営者の力関係等も重要であろうが、短期では景気循環が労働分配率を動かしているのである。

■単位労働コストからインフレを考えるのは危険
景気の変動は、単位労働コスト(生産物1単位あたりの労働コスト)を変化させる。単位労働コストが上がると企業がそれを売値に転嫁するのでインフレになり、金融引き締めがもたらされる、というのが理屈であろうが、物事はそれほど単純ではないので、これも要注意である。

景気回復初期には、生産量が増えても労働投入量は増えず、賃金水準も定位安定しているので、単位労働コストは低下する。しかし、その分だけ企業が売値を引き下げるわけではなく、その分だけ利益が増加するわけである。

景気後退初期には反対に、生産量は減るが労働コストは急には下がらないので、単位労働コストは上がるかも知れない。しかし、企業はそれを売値に転嫁することはできず、むしろ値下げを強いられるかも知れない。

したがって、単位労働コストの上昇が売値を上昇させてインフレを招き、金融の引き締めをもたらすかも知れないのは、景気回復の終盤だけ、という事になろう。景気回復の終盤には、単位労働コストにも注意を払うべきだろうが、それ以外の時は気にしなくて良い、というわけだ。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(8月6日付レポートより転載)

 

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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