ドル不足で通貨危機が起きる理由

2020/04/10

■問題のある途上国で通貨危機が起きるのは自然
■途上国への「貸し渋り」でも通貨危機が起きる
■自国通貨安を止めるための高金利で不況が深刻化
■不安になる貸し手が急いで回収し、事態が悪化
■通貨危機は連想で伝播するかも

(本文)
本稿は、金融危機に関するシリーズの第5回である。金融危機に関する全体像については第1回の拙稿「金融危機は繰り返す」をご参照いただきたい。

詳しくはhttps://column.ifis.co.jp/toshicolumn/tiw-tsukasaki/118769を御参照いただければ幸いである。なお、本シリーズはリスクシナリオであり、筆者の予測ではない。過度な懸念を持たずに、落ち着いてお読みいただければ幸いである。

■問題のある途上国で通貨危機が起きるのは自然
途上国への与信は、新興企業への融資とも共通するが、様々なリスクを伴うので、貸し手は比較的慎重に行なうはずである。しかし、それでも先進国が金融緩和で金利が低下すると、途上国向けの与信の高い金利に誘われて資金が途上国に向かう場合が少なく無い。

先進国の与信管理がしっかりしていれば良いが、高い金利に目が眩んで与信判断が甘くなる場合が無いとは言えない。そうなると、経常収支が大幅な赤字で、返済能力が疑われるべきなのに与信を受けられてしまう借り手が出てくるかも知れない。

そうした途上国が通貨危機に見舞われるのは、比較的自然な事である。貸し手の一部が「やはりリスクが高いから、返してもらおう」と考えただけで、他の貸し手も一斉に返済を求めるからである。

しかし、そうではなく、借り手の途上国には特段の問題が無いのに通貨危機が発生する場合もあり得るのである。

■途上国への「貸し渋り」でも通貨危機が起きる
途上国の中には、それほど問題の無い国も多い。そうした国は、通常時には先進国の銀行が自然体で融資をするので、資金繰りに困る事は考えにくい。しかし、先進国の銀行が一斉に貸し渋りを始めると、そうした国にも打撃が生じかねない。

以下では、米銀からドルを借りて設備機械を輸入し、健全な設備投資を行って経済成長を続けている健全な途上国について考えてみよう。

米銀から途上国に米ドルの返済要請が来た時に、途上国の借り手はドルを購入して返済することになる。国全体として、米国から借りたドルは設備機械の輸入に使ってしまったので、国内にはドルが無いからである。

最初に返済する借り手は、自国通貨を銀行から借りてドルを買い、米銀に返済すれば良いので、特に問題を感じないはずであるが、その借り手が返済のためにドルを買った事でドルが値上がりした筈である。

そうなると、次に返済を求められた借り手は、最初の借り手と同額の借金であってもドルを高く買わされる分だけ返済の負担が重くなる。そして、その借り手がドルを買うことで、3番目以降の返済者の返済負担は更に重くなっていく。ということは、最後の返済者は極めて重い返済負担を抱えて返済不能に陥る可能性が高いという事になりかねない。

それがわかっているので、米銀は借り手に対して一刻も早く返済を求める事になる。全ての米銀が同じ事を考えて一斉にドルの返済を求めると、多くの借り手が破産して返済不能に陥る事になりかねないのである。

米国の銀行が貸し渋りをする時に、「全部の取引先に一律に貸出残高の1割の返済を求める」という事ならば、途上国の被害も小さいのであろうが、「先進国の借り手には返済を求めず、途上国の借り手にだけ全額の返済を求める」ことになる可能性も高い。

上記のような事情から米銀が「皆が貸し渋りをする時には、途上国の借り手の方が倒産する可能性が高い」と考えるからである。そうなると、悲劇が起こりかねないのである。

■自国通貨安を止めるための高金利で不況が深刻化
極端な自国通貨安によってドルを借りている国内企業が苦境に陥る事を懸念した途上国の中央銀行は、金利を引き上げるかも知れない。「我が国の通貨で預金すれば、高い金利が受け取れます」と宣伝することで、米国人投資家が自国の通貨を購入してくれるかも知れない、と期待するわけだ。

自国民の中には「自国通貨が安くなり、米ドルが高くなりそうだから、今のうちに米ドルを買っておけば儲かる」と考えて米ドルを買っている投資家(投機家?)もいるだろうから、そうした人々に「リスクを冒さなくても、黙って自国の銀行に預金するだけで高い金利がもらえるよ」と自制を促す意味もある。

こうした高金利政策は、ドル不足やドル高を止める効果が見込まれる一方で、景気を悪化させて倒産を増やしてしまうという副作用も厳しいものがある。ドルの負債を抱えている債務者にとってはドル高と不況のダブルパンチとなりかねないのである。

■不安になる貸し手が急いで回収し、事態が悪化
ドルの債務を抱えている途上国の借り手がダブルパンチを受けそうだ、という事を予想した米銀は、急いで途上国の借り手に返済要請を送るだろう。そうなると全ての米銀が「他の銀行が回収する前に回収しないと、自分が回収出来なくなってしまう」と考えて急いで返済要請を送るだろう。

結果として、特に問題の無い途上国の借り手が次々と返済要請を受けて倒産してゆく、という事になるわけである。

■通貨危機は連想で伝播するかも
問題を抱えた国で債務危機が起きる事は珍しくない。問題は、それを見た米銀が「隣の途上国でも同じような事が起きるかも知れない」と考えて、隣の途上国に返済要請を送るという可能性も考えておきたい。

隣の途上国は特に問題が無いとしても、そうした連想で返済要請を送る米銀があると、それを見た他の米銀が「他の銀行が回収する前に回収しないと、自分が回収出来なくなってしまう」と考えて急いで返済要請を送るかも知れない。

「隣の途上国は問題を抱えていないのだから、急いで返済を要請する必要は無い」と考えて悠然としている米銀は、正しいように思えるが、そうとも限らない。もしかすると他の米銀が返済要請を急いだ事で借り手が倒産し、返済を受けられなくなってしまうかも知れないからである。

「新型コロナが流行してもトイレットペーパーの使用量は増えないのだから、足りなくなる筈がない」と考えてトイレットペーパーを買わずに落ち着いていた消費者が、トイレットペーパー不足に悩む事になった事例と同様である。

「他人が間違えている場合には、自分も間違えた方が良い」と考えて、自分も急いで返済要請を送る方が結果として回収額が増えるかも知れないのである。

そうして各米銀が返済要請を急いで送ることで倒産が増え、米銀全体としての回収額が減ってしまう可能性は十分にあるが、それは仕方のない事なのである。

劇場火災の際に皆が出口に向かって走ることで大混乱が生じる場合がある。「合成の誤謬」と呼ばれる現象である。それと同じ事が通貨危機の際にも起こり得る、という事であろう。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(4月8日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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