ライツ・オファリングの活用~正攻法を目指して

2019/02/04

・株式市場に上場した企業にとって、株式の発行による直接的な資金調達は有力なファイナンス方法である。一方で、今は金利が安いので、銀行からの借入金など負債による調達の方が、コストが安く済むと考えるのが通常である。

・負債のコストと同様に、株式のコストをよく考えよ、というのが昨今のコーポレートガバナンス・コードで強調されている。株式の資本コストを考慮した経営戦略と財務戦略をしっかり立てていく必要がある。日本の多くの上場企業はここが弱い。

・上場企業には、いくつかのパターンがある。1)成長期にあっても儲けの利益だけで十分やっていけ、外部ファイナンスに頼る必要がない企業、2)成長期には外部ファイナンスに頼ったが、今や金の成る木となった事業がうまくまわっており、内部資金だけでやっていける企業。

・3)まだ、成長前期にあり銀行借り入れは旺盛だが、財務バランス上株主資本の充実も必要な企業、4)上場はしているものの収益性が落ちて、次の展開が十分みえずにもがいており、銀行にこれ以上頼ることが難しい企業、5)衰退期にあって、会社存続のためなら自己都合で何でもやって乗り切ろうとする企業、などさまざまである。

・11月と12月に「ライツ・オファリングの新展開」というファイナンスに関するセミナーが催された。NRIの大崎貞和氏(フェロー、東大客員教授)、森・濱田松本法律事務所の根本敏光氏(パートナー弁護士)、エー・ディー・ワークス(ADワークス、コード3250、東証1部)の細谷佳津年氏(常務取締役CFO)の3名が講師を務めた。

・筆者は、一昨年までADワークスのアナリストレポートを書いて、同社のライツ・オファリングをフォローした。まさに、正攻法のファイナンスを実行し、それを成功させた。そこで、今回のセミナーで印象に残った点に触れながら、ライツ・オファリングの中身について検討してみたい。

・ライツ・オファリングは、中小型企業でも一定規模のエクイティファイナンスができる手法として、2010年に導入された。その後30件ほどの実施例があったが、大半は2014年10月の制度改正前に行われたもので、改正後の実施例は大きく減った。

・しかし、2017年7月にADワークスが行使価額ノンディスカウント型のライツ・オファリングを実施し、2018年2月には一部コミットメント型のライツ・オファリングが登場した。こうした新しい動きが今後本格化するかが注目されている。

・2007年から2016年までの10年間のエクイティファイナンスをみると、東証上場ベース累計で、1)株主割当増資106億円(7件)、2)公募増資13兆1028億円(756件、うちIPO 375件)、第三者割当増資4兆4139億円(1229件)であった。

・調達額累計17.5兆円中、75%が公募、25%が第三者割当で、株主割当はわずか0.06%であった。これを件数でみると、公募38%、第三者割当62%、株主割当0.4%であった。

・増資の目的は多様であってよいが、既存の株主の利益をはじめから蔑ろにするような内容や手法は許されない。第三者割当増資は、経営再建支援のための出資を仰ぐという名目のもとで、濫用ともいえる事例も目立った。

・公募増資でも大幅な希薄化(ダイリューション)は問題があるとして、2009年8月に東証は25%以上の希薄化や支配権の異動を伴う場合には、独立第三者の意見や株主総会決議などを求めるように義務付けた。

・英国では、新株発行を伴う既存株主の権利の希薄化を避けるために、株主を優先するライツ・オファリングが上場会社の標準的なファイナンス手法とされてきた。これはライツ(新株予約権)が株主に無償で割り当てられ、そのライツは上場されるので、ライツを行使しない株主は、その分の価値(オプション価値)を売却によって回収できる。

・日本では、2010年3月の第1号案件以降、大半はノンコミットメント型で、行使価額のディカウントも次第に大きくなっていた。また、2013年4月に、コミットメント型が初めて実施された。

・2014年10月に新株予約権の上場規定が改正され、ノンコミットメント型については、業績基準や審査、総会決議などが導入された。業績不振企業が安易にライツ・オファリングを使えないようにしたのである。

・その後しばらくの間、ライツ・オファリングは止まっていたが、2017年4月にADワークスがノンコミットメント型で、かつノンディスカウント型のライツ・オファリングを実施した。さらに、2018年1月には、一部コミットメント型ライツ・オファリングを実施する企業も現れた。

・中小型企業が時価総額に比べて、大型のファイナンスを実施したい時、ライツ・オファリングは有力なエクイティファイナンスの手法である。既存株主をベースにするので、株主は自分の会社のことをよく分かっているはずである。

・そこにファイナンスを要請する。資金の使途が納得できるならば、追加投資に応じるであろう。もしそうでなければ、その権利(ライツ)を売って、希薄化に相当する部分(価額)について回収することができる。

・ライツ・オファリング(既存株主に新株予約権を無償割当し、その新株予約権の権利行使によって、資金を調達する手法)には、①ノンコミットメント型と、②コミットメント型(証券会社が未行使の新株予約権を買い取ることを約束する)がある。ノンコミット型では、株主の不利益を避けるために、増資の合理性の審査や株主の意見確認が規定として加わった。

・さらに、①権利行使価額のディスカントはどこまで行うのか、②そもそもディスカウントに意味はあるのか、③ディスカウントしないノンディスカウント型のあり方、などが問われた。

・ADワークスは、①2012年10月にノンコミットメント型、②2013年10月にコミットメント型、③2017年4月にノンコミットメント型・ノンディスカウント型のライツ・オファリングを実施し、そのファイナンス資金を成長戦略にきちんと活用している。(詳しくはこちらを参照、「ライツ・オファリングによる資金調達~成功したADワークスの正攻法」2017年11月25日

・ADワークスの細谷常務は、ライツ・オファリングをCFOとして自社の財務戦略に活かしただけでなく、その経験をADワークスのコンサルティングビジネスとして、事業化を図っている。ライツ・オファリングの理論に精通し、実践を通して実務に詳しいので、証券会社とは違った立場で中立的なアドバイスが受けられよう。

・どうエクイティストリーを立てるか、そのための本物の財務戦略をいかに構築するかが問われる。ライツ・オファリングを活用できる上場企業は相当数あろう。これを正攻法に活用して、次の成長戦略に大いに役立ててほしいものである。

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