フェアディスクロージャーへの対応~情報の咀嚼力が勝負
・3月にフェアディスクロージャーの法案が公表された。この後、国会を通れば、来年度から施行されることになろう。金商法(金融商品取引法)を一部改正し、日本版のFD(フェアディスクロージャー)ルールが導入される予定である。
・その骨子は、上場企業が公表前の重要な情報を投資家や証券会社等に提供した場合、1)意図的な伝達の場合は、同時に当該情報をHP(ホームページ)等で公表せよ、2)意図的でない場合は、速やかに当該情報をHP等で公表せよ、というものである。
・ここで問題となるのは、公表前(未公表)の重要な情報とは何か、という点にある。インサイダー情報や法人関係情報の範囲は相当程度分かっている。企業戦略に係る対話や、工場見学での説明等は対象外である。
・しかし、投資判断に直接影響する内容、株価に直接影響する内容といわれても、必ずしも明確でないかもしれない。もしそうならば、はっきりさせる必要がある。未公開の重要な情報を、公平に開示せず、特定の投資家やアナリストに選択的に開示するならば、それはルール違反となる。また、速やかに開示しないと、金融庁から行政的な指示や命令を受けることにもなる。
・フェアディスクロージャー規制は、米国では2000年から、EUでも2003年に導入されている。未公開の重要な情報の選択的開示の禁止と速やかな公表は、欧米の株式市場に上場していれば、日本企業でも当然それに従っており、既に慣れているはずである。
・日本版FDルールの導入で、日本企業のIR活動は後退するのであろうか。新ルールの慣行が身に付くまでは、慎重な動きが出てくるのは避けられないともみられる。しかし、もともと秘密情報をこっそり話すようなことはない。会社にとってのKPI(重要経営成績指標)はフェアに公表すればよいし、多くの場合既にそうしている。そして、誤解を招かないように、その意味するところをよく対話していけばよい。
・企業の将来価値創造に関わる内容については、大いに議論してよい。議論の材料についても、適切に対応できるはずである。万が一開示し過ぎて、それが株価に影響する内容を含んでいるのではないかと懸念する時には、IRの担当者が判断して、適切な情報をHPに速やかに載せればよい。こうした判断は難しいと思われるかもしれないが、社内で情報開示ルールを定め、普段から実践していれば、ほとんどの場合問題ないであろう。
・逆に、新ルールを恐れて、自社のIR活動がいかにも後退したと投資家やアナリストに思われたら、それこそ問題なので、IR責任者としては事前準備や改善を図る必要があろう。IRが後退すると、企業価値創造のプロセスを投資家やアナリストと十分共有できないので、企業価値は過小評価されていくことになる。
・投資家やアナリストにとって、ディスクロージャーのよい会社は、ファクトとしての情報に対する咀嚼力が高まるので、開示情報の分析を通して、将来のビジネスモデル(BM、価値創造の仕組み)のイメージが固めやすくなる。
・ディスクロージャーが悪くなった会社は、きっと実態も悪化しており、十分な手を打てないに違いないと思われてしまう。もし次の手を打っており、企業価値が向上する方向にあるならば、実態についてきちんと開示できるはずである。熱心な投資家やアナリストは、その企業努力に関わる情報を咀嚼し、まだ隠れている新たな企業価値を見出していくはずである。
・一方、ディスクロージャーがよく、多くの投資家の期待を集めている企業であっても、その期待が高すぎて、実態に合わないということもある。その時、会社サイドは、投資家の期待に応えようと無理をして、禍根を残すような短期指向の事業推進を行うべきではない。
・短期的な視点でも、中期的な視点でも、過大な期待を是正するようなガイダンスをフェアに、タイムリーに出していく必要があろう。ネガティブ情報には、サプライズによる反動がつきものであるが、いずれ落ち着いてくる。
・IR責任者は、投資家やアナリストと大いに議論してほしい。何も躊躇する必要はない。自社のフェアディスクロージャーのスタンスを固め、社内の情報共有をはっきりさせて実践すればよい。
・IRに慎重すぎたと思えば、アクティブに活動してほしい。投資家やアナリストと会っていれば、十分な対話が成り立っているかどうかについて、経験上判断できるはずである。満足な対話ができたか、あるいは、何が不十分であったかを記録し、それをレーティング(定性評価の点数化)していくと、改善点がはっきり見えてくる。
・インサイダー情報でなく、法人関係情報でもない株価に影響する未公開重要情報は、マーケットの局面によって変化する可能性がある。それについては、対話を通してニーズを把握し、早めに開示する方がよい。誤解を与えないように、的確な解釈ができるように対応すべきである。
・中小型の企業は、目先の業績をみても、将来は分かりにくい。①トップマネジメントの資質、②成長戦略の実効性、③リスクマネジメントに対する組織能力の有効性など、定性的な企業評価が何よりも重要である。そこで、それに資する対話が求められる。FDルールを守りつつ、こうした議論を深めることに何ら問題はない。
・投資家やアナリストは、対話を通じた同じ情報(材料)から、自ら咀嚼して、BMに関する知見を深め、それに対する予測力を高めていく。新FDルールのもとでは、新たな分析力が問われる。それぞれのレベルで、その能力を磨くべく実践していくことになろう。