ソニーの動的ガバナンス~対話が業績向上へ
・日本CFO協会の「CFO NIGHT!! 2016」で、ソニーの副社長兼CFOである吉田憲一郎氏の話を聴く機会があった。ガバナンスがいかに企業価値向上に結びつくか。その内容に感動した。道半ばながら、その苦労話は率直で、印象深かった。その論点をいくつか取り上げてみる。
・吉田氏は、入社当時2年ほど国内営業にいたが、17年間は財務、IR、社長スタッフに関わり、海外が長かった。2000年にネットプロバイダーである子会社のソネットに移り、2005年に社長として上場させた。ソニーからの自立を目指し、自らソニー本社を退職した。ところが、2012年にソニーの完全子会社として上場廃止となった。その後、ソニーに復帰し、2014年からCFOとして、ソニーの再建を担ってきた。
・ソニーは1946年設立なので、創業70周年を過ぎたところである。エレキ、エンタメ、金融を事業ドメインとして、5つのセグメントで事業を展開している。リーマンショック以降、業績はガタガタになり、2016年3月期に実質8年ぶりに黒字化した。
・ソニーのガバナンスは、97年に執行役員制を導入し、取締役を37名から10名に減らした。2003年に委員会設置会社に移行し、05年に社外取締役が過半を越えた。現在は取締役中2名が社内で、9名が社外である。議長も社外取締役が務める。筆者も、執行役員制度に移る時、投資家はどう考えるかを議論した記憶がある。
・では、委員会設置会社に移行して、ガバナンス体制と業績は見合っているか、という点が論点になった。筆者が野村ホールディングスの監査特命取締役の時にも、同じことがテーマとなった。ガバナンス体制をいかに業績に結びつけるか。それが吉田CFOにとって主要な課題であった。
・吉田CFOは、ガバナンスを①形と②動きに分けよ、と強調した。形とは、外形的な仕組みであり、動きとは実際どのように機能しているかという行動の中身である。CFOになってすぐにわかったのは、1)形はできていても、2)動きがうまくいっていなかった。
・そこで、①セグメント別開示の充実を図った。②同時に、セグメント別IRを実施することにした。セグメント別営業利益予想の公表について、社内からはかなりの抵抗があった。競争上不利になる、値下げを要求される、それはアナリストの仕事である、というような意見が出された。
・IR Dayをスタートさせた。直近、2016年度の経営方針説明会では、2018年以降のソニーの事業について話をした。7つのセグメントについては、事業の責任者が10分ずつプレゼンし、20分のQ&Aを行った。筆者も参加してみた。ガバナンスと業績を結びつけるには、IR Dayが大きな意味をもったという。
・1)マネジメントチームのマインドが変わった、2)資本市場との対話が義務ではなく、透明性の向上につながった、3)最大の要は、名セグメントの事業責任者が、今やろうとしていることをきちんと説明できるかどうかが問われた点にある。
・ガバナンスが対話を通して業績向上に結びつくかという点で、吉田CFOから7つの指摘があった。第1は、グループ上場企業の100%子会社化である。グループのシナジーを追求し、利益相反を回避するため、金融以外は本体に吸収した。
・100%子会社にして、上場を廃止した。SME(ソニーミュージックエンターテイメント)、ソニープレイステーション、ソニーケミカル、ソネットなどである。少数株主の利益を保護しつつ、企業価値を生み出せるか。それが上場と整合的かを判断して決めたという。
・第2は、アクティビストの問いかけである。2013年5月に米国のサードポイントが株を7%所有して、映画音楽事業を分離上場せよと要求してきた。非上場のエンタメ部門の価値を顕在化させ、規律ある経営にもっていけ、その資金でエレキ部門の大赤字を立て直せ、というものであった。
・結論は分離上場せず、100%保有する方がよいと判断した。サードポイントはキャピタルゲインを得て、株を売却した。結果として、エンタメ事業のあり方に緊張感が高まり、位置付けが見直されて、開示のレベルも上がった。
・第3は、事業ドメイン(領域)の選択である。PCのVAIOを売却した。TVは2014年7月に売却せず分社化した。モバイルはJV(合弁)にして分社化した。投資家からは、TVもモバイルも撤退せよと言われた。金融も意味があるのかと問われた。
・ここでの課題は、機関投資家は今ある事業の撤退については、さかんに意見を言うが、どういう事業に参入せよとは全く言わない。ドメインの選択は、経営における付加価値の向上をどう考えるかに依存する。それでも、撤退の提案は対話のきっかけとして前向きに受け止めた、と吉田CFOは強調した。
・第4は、2014年9月に無配を決断した。モバイルののれんの減損で1700億円を処理した。-500億円の赤字が-2300億円になると公表した。7年間で累積純損失は1兆円にも上った。この無配で、構造改革が加速することになった。
・第5は、2016年3月期に黒字化した後、次のKPIとして、営業利益5000億円以上、ROEは10%以上と設定した。ROE 10%の目標は過去にもいってきたが、今回はセグメント毎のROICを設定し、マネジメントの報酬にも、その達成をビルトインした。
・具体的にブレークダウンしたことが、従来と全く違う。ROEの目標では、社内のパッションを惹起しない、と指摘する。シェアではなく、競争に勝って儲けるというマインドにもっていくようにした。
・第6は、ROE 5%以下なら議決権行使で経営トップを再選しないというISSの助言に対して、どう対応するか。2014年度はISSのこのルールに抵触した。ISSは、例外はない、と形式的に判断する。あとは投資家と個別に話をして説得するしかない。大株主は分かっていたので、平井社長、吉田CFO等が手分けして、訪問活動を行った。60社の機関投資家を回って議論した。
・結果は大半が賛成してくれて、議決権での賛成票は、2014年の総会で89%であったに対して、2015年88%とさほど下がらなかった。因みに、2016年はROEが6.2%に向上したので、賛成は96%となった。ここでわかったことは、ファンドマネージャーと議決権行使の担当者は分れているので、適任者と議論する必要があった。
・第7は、累損1兆円を補強するために、エクイティファイナンスが必要であった。2015年7月に、公募増資3000億円、CB1200億円の計4200億円のファイナンスを実行した。コロンビアピクチャーを買収した1988年以来、26年ぶりのファイナンスであった。この間CBを1兆円出し、ほとんど全てが株に転換したが、CBの時はロードショウがいらなかった。
・エクイティファイナンスでは、投資家を回って説明する必要があった。3チームで9日間、10都市を訪問し、349の機関投資家に説明した。全員に聞かれたのは、①why equity、②why nowであった。
・3つを答えた。1)圧倒的に強い半導体イメージセンサーへの投資継続の必要性、2)そのリスクをとるための財務基盤の強化、3)構造改革から成長へのフェーズチェンジ、を訴えた。この時、投資家と集中的に話した。証券市場と真剣に向き合った。そして、究極的に説明責任の大変さを身にしみて感じた、と吉田CFOは強調した。
・吉田CFOは、①ガバナンスと業績をつなぐものが対話という動的活動である、②投資家の意見はあくまでも個別である、③経営判断はすべてのステークホールダーを考えて決断する、と述べた。ファイナンスについて、やるべし、やるな、という双方の意見があった。ROEについても、意味がある、意味がない、という双方の意見が出された。
・ステークホールダー全体に目配せしながら、「長期的に株主のためになるか」が総合判断の決め手であったという。長期的な企業価値の創造と株主の関係、他のステークホールダーとの位置付けについては、さらに踏み込んで考える必要があろう。
・ソニーは道半ばながら、次のステージに進もうとしている。‘動的ガバナンス’である対話が価値創造に結びつくという経営者の実感は、大いに意を強くするものであった。