情報開示はどこまで

2025/05/22 <>

・有価証券報告書をみても、誰が実質株主かは十分わからない。とりわけ、機関投資家の社名は通常出てこない。これがわかるようになると、投資家としてはありがたい。

・企業としても実質株主が誰かを早く知りたい。株主判明調査などによって、概ね知ることができるし、機関投資家サイドからエンゲージメントを求めてくれば、対話を通して知ることができる。

・米国では、機関投資家は定期的に保有明細を開示する必要がある。EUの主要国では、企業が問い合わせた場合は、それに答えることが義務付けられている。米国のルールは厳しすぎるので、EU型の仕組みで実質株主がわかるようにするという方策が進みそうである。

・これではまだ不十分で、投資家は直近の実質株主が誰かをすぐに知りたい。もっと踏み込んだ仕組みがほしい。

・大量保有報告において、その対象の明確化もほしい。5%超や10%超の保有についての報告は義務付けられているが、表面的には別の株主ながら実質的に共同保有とみなせるケースもある。誰が実質的大株主となっているかということは迅速に知りたい。

・また、株主や投資家との対話を進めるという場合、対話の促進に向けて、他の投資家、株主と協力する協働エンゲージメント(collaborative engagement)も有力な方策である。企業に対する影響力を高めることができるからである。一方で、個々の株主は本来独立であるべきなので、そこにはルールが必要である。このルールの明確化も望まれる。

・アクティビストの台頭が著しい。従来型の生温い経営を行っている企業にとっては、嫌な存在かもしれないが、アクティブ投資家が資本効率の向上に向けて、さまざまな要求を、エンゲージメントを通して求めてくるのは望ましい。

・敵対的買収も目立ってきた。公開買付の対象を広げるように、議決権を3分の1から30%に引き下げようという案も検討されている。無理な要求には正論をぶつけながら、いかに株主の賛同を得ていくかという点で、ルールは緩和の方向にある。

・タイムリーな情報開示のあり方として、有報(有価証券報告書)の株主総会前開示が議論されている。現行法の下でも、有報の総会前開示は可能であるが、実施されている例は少ない。

・2024年3月までの1年間をみると、上場会社3900社のうち、総会前に有報を開示したのは57社、全体の1.5%であった。2日前以下が33社、10日以上前が9社であった。カゴメは18日前に開示した。

・総会前に有報が開示されると何がよいのか。有報の記述情報の充実が進んでいるので、財務情報+非財務情報によって、総会での対話が充実してくるはずである、というのが有力な効果である。

・一方、企業と監査法人の実務にとっては、ぎりぎりまで有報の作成と監査にとりかかっており、それを総会前にもっていくことは物理的に困難であるという声は大きい。

・米国では、決算日から2か月以内に有報に相当するものを提出し、総会は13か月以内に行えばよい。英仏独では、有報は4か月以内、総会は、英仏は6か月以内、独は8か月以内に行えばよい。

・日本は3月決算の場合、6月後半に株主総会を行い、その翌日に有報を提出することが一般的である。つまり、有報は3か月以内、総会も3か月以内である。実務が大変であるなか、それを見直して早期化すればよい、株主にしっかりみてもらうには1ヶ月の余裕が必要であるというなら、総会を7月末頃にずらせばよい。

・では、本当に有報は読まれるのか。制度を新しい仕組みにしても、その時は話題になったとして、定着してみると実質的な効果がみられないということも起こりかねない。形式優先にとどまってしまうというパターンである。これでは意味がない。

・アナリストである筆者は、1Qの決算について会社サイドと面談する時、1Qの決算短信についての質疑とともに、前期の有報の中身について十分議論する。有報が1Qに開示されるからである。

・具体的には、サステナビリティに関わる記述について、ESGを中心にエンゲージメント(対話)を進める。さらにKAM(監査上の主要な検討事項)についても確認する。

・有報の記述情報について、金融庁より好事例集が出されている。そこでのポイントは、1)テキスト(文章)でわかりやすく書くこと、2)経営者の意思を表明すること、3)取締役会が経営陣をどのように監督しているかを書くこと、4)リスクと機会を書くこと、5)人材戦略、人的資本について充実させることを求めている。

・サステナビリティでは、何をマテリアリティ(重要項目)としたか。気候変動、生物多様性、人権、腐敗防止、サイバーセキュリティ、知財、DXなどさまざまな内容がありうる。それをいかに記述するか。

・マテリアリティについて、KPIがほしい。記述情報には将来情報、定量情報が入ってくる。目標を掲げると、実績との差が生まれる。その差異が虚偽記載となるようでは、しっかり表現できない。責任が問われないセーフハーバールールが前提となる。

・このサステナビリティについては、ISSBのルール化を踏まえて、日本のSSBJでも基準化が進んでいる。現在、東証でのIFRS(国際会計基準)適用企業は約290社、全時価総額の48%を占める。ISSB基準の開示、保証はどこまで求めるか。

・プライム市場で、時価総額3兆円以上の企業は69社で、時価総額全体の55%を占める。1兆円以上で179社、同74%、5000億円以上で294社、同82%を占める。大型企業を中心に順次導入が義務付けされよう。

・では、このサステナビリティが、本当に企業価値向上に役立つのか。企業の競争力の強化に役立ち、中長期の価値向上に結び付くならば、大いに望ましい。もしそうでないとすれば、負担だけが重荷となる。欧米では、サステナビリティに対する揺り戻しも出ているが、くれぐれも形だけに捉われないようにすべきである。

・PBR=ROE×PERという関係式において、その解釈はいろいろありうる。PBRはROEとPERの結果である、という理解は正しくない。ROE(資本収益性)も、PER(成長性)も、PBR(サステナビリティ生産性)も、各々独立に内容を追求し、成果を高めてほしい。

・PBRは、サステナビリティ(ESG)を支える非財務資本を企業がいかに培っているか。それを実践して、見える化してるか、を示す指標である。決してROE×PERの結果ではない。誤った因果関係を持ち込むことなく。非財務強資本の充実と、それを活かした価値向上に邁進してほしい。投資家は価値向上につながる情報開示を求めているのである。

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