資本市場の課題は何か

2025/02/17

・昨年11月に一橋大学のCFO教育センターのシンポジウムを聞いた。それを踏まえて、わが国資本市場の次なる課題は何か、について取り上げてみたい。

・上場していても、IRに熱心でない企業が多い。開示が不十分なのか、そもそも開示に値する内容が不十分なのか。たぶん双方かもしれない。企業価値創造にうまく手が打てない経営者は、IRに自信を持てないし、IRの場に出たくないであろう。もっと優秀な経営者にバトンタッチしていく必要があろう。

・一方で、IRを行うにしても、その相手、つまり投資家がいないという場合も多い。中小型企業は、よほど光っていないと投資家から注目してもらえない。IRの担当者のスキルも十分でない。これからよくなることをアピールしたいのに、誰に対して何を訴えればよいのか。ここには一定のノウハウが必要である。

・機関投資家で、中小型企業をカバーしている運用者からみると、自らの運用パフォーマンスを追求するのであるから、投資対象は厳選される。100社の中から候補になるのが10社として、そのうち1~2社が投資対象であろう。90社は最初のスクリーニングではずれていく。それらの企業は、機関投資家と対話をすることが難しい。

・とすると、個人投資家が大事になる。しかし、個人投資家向けのIRは、暖簾に腕押し、砂に水を撒くようで、今1つ反応が返ってこないという声も多い。一時期力を入れても、やめてしまう企業も多い。自社の業績がよい時はアピールしたいが、そうでもない時は引っ込んでしまいがちである。

・東証は、1)IRスキルの向上と、2)機関投資家との接点の創出、に力を入れ始めた。インフラとして、上場企業をサポートしてくれれば大いに励みとなる。さらに踏み込んで、企業のコンテンツをうまく投資家に届ける新しいネットワーク、分析ツール、プラットフォームも強化してほしい。

・日本企業のガバナンスは充実してきた。それが、株価パフォーマンスに一定の効果をもたらしているだろか。相関をみるとそうともいえるし、因果関係でみるとまだ不十分ともいえる。

・昨年10月末でみると、TOPIX500のPBR 1倍未満は全体の39.0%であったのに対して、米国のS&P500は3.2%、欧州のSTOXX600は16.5%であった。日本は依然として、4割の企業がPBR 1を割っている。企業の価値創造が全く不十分である、とマーケットから評価されている。

・大手機関投資家であるアセットマネジメントOneは、社内で企業のESGレーテイングを実施している。そのガバナンス評価(A~Fの6段階評価)によると、ガバナンス評価の高いA、Bの企業の方が、評価の低い企業よりも平均リターンが高いという結果が出ているという。株価のパフォーマンスがよいのである。

・そうであれば、もっとガバナンスを強化した方がよい。単なる形式ではなく、実質を伴った改革を行う必要がある。つまり、取締役会の実効性を上げることが求められる。攻めと守りのガバナンスにおいて、実効性を高めることが求められる。

・社長(CEO)の実行力と結果責任が一段と重みをもつはずである。社外取締役の資質を高め、その監督責任も大幅に重くなろう。これができるか。どちらサイドもまあまあ波風を立てずに、という姿勢では甚だ難しい。改めて覚悟が問われよう。

・PBR 0.5倍の企業は1.0倍へ、PBR1.2倍の企業は2.0倍へ、PBR2.0倍の企業は4.0倍に上げることを目指してほしい。1.5倍だからよい、というものではない。

・但し、ひたすら上げろという意味ではない。自社のビジネスモデルの革新において、どの水準が望ましいのか。アスピレーションレベル(要求水準)からみた満足度基準を明確にして、チャレンジしてほしい。

・基本は企業価値の向上である。そのKPIを定めてほしい。とりわけ先行指標が大事である。同時に、キャピタルアロケーションを十分吟味して、方針と数値を明示すべきである。ここが見えてくると、企業への理解が大きく進む。

・シンポジウムでは、フィデリティ投信の井川氏(ヘッドオブエンゲージメント)の指摘が興味深かった。日本ではROICが上がると株価パフォーマンスがよくなる。これを当然と受け止める。一方で、米国ではROICが一定水準でも、株価が上がっている。なぜか。

・実際、この10年をみると、ROICが10%から15%に上がる時に、株価も上昇している。ROICは投下資本利益率であるから、当然、利益が上がってROICがよくなっている。

・米国ではROICが25%超のレベルで、日本よりはるかに高い。ROEが高いのと同じ傾向にある。ROICが高く安定している。10年間で、これが高まっているわけでない。それでも、株価は日本の2倍以上に上がった。

・何が違うのか。営業利益の伸びが違う。さらに、その主因が投下資本にある。つまり、日本のROICは、分母の投下資本の伸びが著しく鈍い。それでも経営効率の改善と需要増で、ROICが好転した。米国は、日本に比べて投下資本を圧倒的に投入している。日本の投下資本の伸びは10年で2倍を下回るが、米国は4倍に拡大している。

・米国は投資して大きく儲けている。日本はさほど投資はしないで、何とか収益性を改善している。一方で現預金は大きく貯めてきた。成長ドライバーは投資にある。有形資産と無形資産の両面において、日本企業はもっと投資すべし。さもないと株価は上がらないという見立てが成り立つ。

・これは興味深い。日本の投資家は当面の利益予想をみる。米国の投資家は、これからの投資計画をみる。つまり、株価パフォーマンスを決める決定要因に違いがあるといえよう。米国の投資家の方が中期的に企業を見ているといえる。

・では、日本企業に投資機会が少ないのか。そんなことはない。チャンスはあるので、もっと投資機会を作り出すイノベーションに取り組んでほしい。将来の投資機会を見据えて、それをIRで語り、そのリスクマネジメントができる企業に大いに期待したい。

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