トランプ大統領の貿易戦争は意外と合理的

2018/05/07 <>

(要旨)
・韓国からは大きな譲歩を引き出した
・中国と全面戦争なら米国の圧勝
・短期的には中国の妥協に期待
・長期的には米中の派遣争いに照準
・対日は選挙民向けパフォーマンス

(本文)
トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」で貿易戦争に邁進している事に対し、「世界の自由貿易体制を壊そうとしている」「米国経済自体にとってマイナスが大きい」、といった批判がある。しかし、トランプ大統領の貿易戦争を「相手の譲歩を促すためのハッタリ」と捉えれば、自由貿易秩序を破壊するものではなく、米国にとって合理的な戦略であるとも考えられる。

・韓国からは大きな譲歩を引き出した
トランプ大統領は、韓国との間で自由貿易協定の再交渉を行ない、韓国のウォン安誘導を禁じる条項を盛り込むなど、大きな譲歩を引き出して圧勝した。
本件は、「はったり外交」の成功だったと言われている。「俺はお前と喧嘩をする用意がある。喧嘩になれば、俺の痛みは1、お前の痛みは10だが、どうする?」と相手に迫るのである。具体的には、在韓米軍の引き揚げの可能性をチラつかせたようである。
韓国としては、米国の大統領が普通の人であれば「同盟国と本気で喧嘩をするとも思われないし、まして在韓米軍は極東の安全保障に極めて重要であるから、引き揚げるはずがない」と考えてハッタリを無視したかもしれない。しかし、相手が何をしでかすか予測不能なトランプ大統領であったが故に、韓国が恐怖を感じて譲歩したのであろう。
「投手のコントロールが多少荒れている方が打たれない」とも言われるようだが、相手の行動が予測出来ないと交渉はやりにくいのだろう。という事は、トランプ大統領は交渉に向いているのかも知れない。それで商売を広げてきた経験が生きているのであろうか。

・中国と全面貿易戦争なら米国の圧勝
米中貿易戦争が激化しそうである。ここでもトランプ大統領はハッタリ戦略が使えそうだ。米中が仮に全面対決すれば、「米国の痛みは1、中国の痛みは10」だからだ。反対に米国の痛みの方が格段に大きければ、さすがのトランプ大統領もハッタリ戦略には出ないだろう。出ても中国に「喧嘩したいなら、どうぞ」といわれてしまうからである。しかし、幸か不幸かそうではなさそうだ。
米国の対中国輸出よりも、中国の対米輸出の方が遥かに巨額である。GDPは米国の方が大きいから、GDP比で見れば、その差は更に大きい事になる。つまり、仮に米中が全面的な貿易戦争になれば、中国の対米輸出減の方が遥かに深刻なのである。
今ひとつ重要なことは、中国が米国から輸入している物の多くは「中国内で作れないから米国から輸入している」という事である。中国国内でも作れるものは、わざわざ人件費の高い米国から輸入せずに国内で作っているはずだからである。したがって、中国が対米輸入を制限しても、中国の雇用は増えないのである。
一方で、米国が中国から輸入している物の多くは「コストが高いから中国から輸入しているが、作ろうと思えば米国内でも作れる」物である。したがって、米国内には、中国向けの輸出が出来ずに生産と雇用を絞る企業がある一方で、中国からの輸入を国内生産で代替する企業が雇用を増やすので、打撃は限定的なのである。

・短期的には中国の妥協に期待
トランプ大統領としても、当然ながら全面戦争は望んでいないが、それでも厳しい態度を示しているのは、中国が全面貿易戦争を避けるべく、米国に妥協してくると読んでいるはずである。
もっとも、氏の想定している「落とし所」は、わからない。本気で米国の対中貿易赤字を減らそうとしているのか、中間選挙を意識して選挙民向けに「中国と戦うポーズ」を見せているだけなのか。後者だとすると、中国が米国に「包装紙だけ立派だが中味の乏しい貢ぎ物」を持参するだけで良いのかも知れないが、そんな事が筆者にわかる筈もない。筆者にわかってしまうような落とし所では、中国政府には容易にわかってしまって交渉にならないからである(笑)。

・長期的には米中の派遣争いに照準
トランプ大統領の対中輸入制限の主なターゲットは、著作権保護を目的としたハイテク製品だと言われている。米国の技術を利用した製品を中国が作って米国に輸出しているとすれば、中国のハイテク産業が米国の技術によって成長し、将来的には中国に米国が抜かれる可能性を高めてしまう。
そうした可能性を少しでも低くするため、中国からのハイテク製品の輸入を制限して中国のハイテク製品の生産量を減らし、中国のハイテク産業の発展を遅らせる、という事は、長期的な戦略として大いに考え得る選択肢であろう。
米国は、20年後には中国と覇権を争っている可能性が高い。そうとなれば、中国の発展を抑え込む事が米国の長期的な安全保障にとって極めて重要である。トランプ大統領がそれを強く意識しているとすれば、中国を抑え込む必要性を痛感している筈である。

・対日は選挙民向けパフォーマンス
一定年齢以上の日本人の中には、バブル期前後に繰り広げられた日米貿易摩擦に於ける厳しい「日本叩き」を覚えていて、あれが繰り返されると懸念している人も多いようである。しかし、そうはならないと筆者は考えている。
最大の理由は、当時と今との日本の国力の差である。当時の日本は絶好調で、「日本は米国に勝った」「21世紀は日本の時代だ」と日本人が浮かれていたわけで、当然米国から見ても、若干の温度差はあったかも知れないが、日本は脅威に感じられていたわけである。だからこそ、米国は本気で日本を叩きに来たわけである。
今は、米国の脅威は中国であるから、米国が中国を本気で叩くことはあり得ても、日本を本気で叩く事は無いであろう。その必要性を感じないからである。米国とて、無益な喧嘩はしたくないので、叩く必要のあるところを集中的に叩くはずなのである。
今ひとつ重要な視点は、日米関係の重要性である。短期的には北朝鮮、シリアと対峙し、中長期的には中国と対峙しなければならない米国にとって、日本と喧嘩している暇は無いし、中長期的に中国と対峙して行くためには同盟国である日本との協力関係が極めて重要である。
そうした中で、日本を貿易戦争で痛めつけて日本国民の反米感情を高めてしまう可能性を考えれば、日本に本格的な喧嘩を売る筈がない。
以下は、筆者の勝手な想像である。最近の韓国が、米国と中国を天秤にかけるような動きを見せている。あれは米国から見ると脅威なのかも知れない。「歴史的に中国の影響下にあったアジア諸国は、いざとなったら米国より中国の傘下を選ぶかも知れない」と考えるかも知れないからである。
そうだとうすると、日本を叩くと日本を中国傘下に押しやってしまう、と考える米国人がいても不思議ではない。そうだとすると、米韓同盟の揺らぎは日本にとって、悪い事ばかりでは無いのかも知れない。もちろん、悪い事の方が圧倒的に多いので、米韓関係が揺らがない事を切に願うべき事は疑いないが。

(5月1日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
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