なぜ、銀行は東芝を支えるのか?
2017/03/03
<日本経済>
(要旨)
・立ち直る見込みがあれば、一時的な債務超過は気にしない
・生かさず殺さず、少しずつ回収する方が銀行の得
・「あの銀行は冷たい」という悪評を避けたい
・銀行間の駆け引きは、神経戦
東芝が債務超過に陥った、という観測が流れている。それにもかかわらず、銀行は東芝を支援する姿勢を維持している。今回は、銀行が債務超過の借り手を支えるインセンティブについて考えてみたい。
・立ち直る見込みがあれば、一時的な債務超過は気にしない
債務超過という状態は、資産をすべて処分しても負債が返済できない、という事であるから、通常であれば、債権者たちが我先に債務者の所に押しかけて、他の債権者が回収する前に自分の債権を回収しようとする。しかし、借り手が立ち直る見込みがあるならば、そして「借り手から債権を回収せず、借り手が回復するのを待って、皆で全額を回収しよう」という合意が出来るならば、全債権者にとって得である。
債務超過という状態は、資産をすべて処分しても負債が返済できない、という事であるから、通常であれば、債権者たちが我先に債務者の所に押しかけて、他の債権者が回収する前に自分の債権を回収しようとする。しかし、借り手が立ち直る見込みがあるならば、そして「借り手から債権を回収せず、借り手が回復するのを待って、皆で全額を回収しよう」という合意が出来るならば、全債権者にとって得である。
たとえばバブル崩壊後には、「バブル投資による損失で債務超過になったが、本業は黒字なので、時間をかけて債務超過分を埋めていけば、将来的には再び健全な企業に戻れるはず」という企業も多かった。そうした場合には、銀行団が債権回収を行なわず、借り手の回復を待った例も多かったようだ。もっとも、債務超過の借り手を生かしておくのは銀行にとって手間がかかるので、中小零細企業の場合は手間を考えて清算してしまった場合も多かったようで、企業規模による取り扱いの差もあったようだが。
今回は、黒字部門を別会社にして売却(IPO?)する事も検討されているようである。そうなれば、別会社のPBRが1を超える可能性が高く、売却価格と簿価との差額で本体の債務超過が埋まる可能性もあろう。それならば、銀行団にとって、待つ事が正しい戦略となるはずだ。
・生かさず殺さず、少しずつ回収する方が銀行の得
仮に、将来も債務超過が解消されない見込みだとしても、現在ただちに借り手を清算してしまうよりも、生かさず殺さず、少しずつ回収する方が、結果としての回収額が多くなる場合も多いであろう。会社を清算して設備機械をスクラップ業者に二束三文で買い叩かれるよりも、毎期のキャッシュフロー(損益プラス減価償却)で回収していく方が得だ、というわけである。
仮に、将来も債務超過が解消されない見込みだとしても、現在ただちに借り手を清算してしまうよりも、生かさず殺さず、少しずつ回収する方が、結果としての回収額が多くなる場合も多いであろう。会社を清算して設備機械をスクラップ業者に二束三文で買い叩かれるよりも、毎期のキャッシュフロー(損益プラス減価償却)で回収していく方が得だ、というわけである。
減価償却後では決算が赤字で、債務超過額が増加しつづけて行くとしても、減価償却前で黒字であれば、その分だけ回収できるからである。仮に、減価償却後の損益がゼロであれば、借り手が延命する事により「設備機械が簿価どおりに売却出来た」事になるので、銀行にとっては大いに助かるわけである。
減価償却によるキャッシュフローを回収に充てる、という前向きの目的だけではなく、会社清算に伴い長期契約を解約することになり違約金支払い義務が発生する、といった問題を回避する目的で借り手を延命させる場合もあるであろう。
・「あの銀行は冷たい」という悪評を避けたい
借り手とメインバンクの関係は、「借り手はメインバンクに融資取引、預金取引、外為取引などを優先的に依頼する」「メインバンクは、借り手が苦境に陥った時に支える」という暗黙の了解に基いている。そこで、借り手が苦境に陥った時にメインバンクが借り手を支えずに見放すと、「あの銀行は冷たい」という悪評が立つ。
借り手とメインバンクの関係は、「借り手はメインバンクに融資取引、預金取引、外為取引などを優先的に依頼する」「メインバンクは、借り手が苦境に陥った時に支える」という暗黙の了解に基いている。そこで、借り手が苦境に陥った時にメインバンクが借り手を支えずに見放すと、「あの銀行は冷たい」という悪評が立つ。
そうなると、借り手が「我が社が苦境に陥っても、メインバンクは支えてくれないかもしれない。それは困るから、今のうちにメインバンクを変更して、借り手をしっかり支えてくれそうな銀行と取引しよう」と考えて、逃げてしまうであろう。それは、銀行として、是非とも避けたい事態である。従って、銀行、とりわけメインバンクは、「あの銀行は冷たい」という悪評を嫌う。
今回の場合は、借り手が粉飾をして銀行を欺いていたわけであるから、銀行が見放したとしても、「あの銀行は冷たい」という悪評は立たないかも知れないが、そのあたりは銀行が総合的な判断をする際の一つの材料となるはずである。
・銀行間の駆け引きは、神経戦
銀行団としては、借り手を延命させてキャッシュフローで回収する事(満額では無いが、スクラップ価格よりは多く回収できる)が利益だとしても、個々の銀行としては直ちに満額を回収する事が利益である。そこで、他行が回収する前に自行が回収に走るというインセンティブを各行が持つことになる。メインバンクとしては、それを如何に阻止するかが重要になる。銀行間で駆け引きの神経戦が行われるわけである。
銀行団としては、借り手を延命させてキャッシュフローで回収する事(満額では無いが、スクラップ価格よりは多く回収できる)が利益だとしても、個々の銀行としては直ちに満額を回収する事が利益である。そこで、他行が回収する前に自行が回収に走るというインセンティブを各行が持つことになる。メインバンクとしては、それを如何に阻止するかが重要になる。銀行間で駆け引きの神経戦が行われるわけである。
融資順位が下位の銀行が、借り手に返済を要求する。融資額は少額であるから、それが引き金となって借り手が倒産する可能性は高くない。しかし、資金繰り上は必要な資金であるから、借り手はメインバンクに少額の融資増額を依頼する。メインバンクとしては、追加融資に応じてやりたいが、応じると他の下位行からも一斉に返済要請が来る。「メイン寄せ」と呼ばれる事態である。
これを避けるため、メインバンクとしては、全融資銀行を集めて「融資残高維持協定」を結ぼうとする。しかし、下位行は、なかなか承諾しない。「メインバンクは担保を放棄しろ」等々と好き勝手を言い出すかもしれない。そうなれば、銀行間の神経戦である。
「江戸の敵を長崎で討つ」と脅かしてメイン寄せの動きを封じようとするメインバンクがある、といった噂もあるが、そのあたりは噂なので、本稿では詳述しないこととしたい(笑)。
(3月1日発行レポートから転載)
塚崎公義『経済を見るポイント』 TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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