労働力不足でも経済は成長出来るのか?
2016/08/18
<日本経済>
(要旨)
少子高齢化で、労働力不足の時代がやって来る。日本経済は失業に悩む時代から労働力不足に悩む時代へと大きな転換点を通りつつあるのである。
少子高齢化で、労働力不足の時代がやって来る。日本経済は失業に悩む時代から労働力不足に悩む時代へと大きな転換点を通りつつあるのである。
少子高齢化による現役世代人口の減少を映じて、日本の潜在成長率はゼロ近傍まで下がっているという論者もいるほどである。しかし、労働力が不足すれば省力化投資が活発化するので、ある程度の成長を続けていく事は可能であろう。
(本文)
○タイムラグは長いが、景気回復で物価は上昇へ
○タイムラグは長いが、景気回復で物価は上昇へ
少子高齢化により、現役世代の人口は減少を続けている。これが日本の経済成長を困難にするのではないか、という論者は少なくない。アベノミクスにより、景気は僅かに回復したが、成長率は決して高くない。それなのに、労働力不足が叫ばれているのを見ると、これまで長期にわたって失業問題が懸念材料であった日本経済にとって、今後は労働力不足が中長期的な懸念材料であることが容易に想像できる。
労働力不足で懸念されるのは、少しでも成長するとインフレになり、政府日銀が引き締め政策を採るために経済が成長出来ない、という事態であろう。そのことと、政府日銀がデフレ脱却を目指しているのに、一向にインフレ率が高まって来ない事とを、どう整合的に捉えたら良いのであろうか?
鍵は、景気回復期のタイムラグである。不況期には、社内でヒマにしている正社員が大勢いるので、仕事が増えても正社員が忙しく働けば処理できる。この間、労働コストは増えずに生産物が増えるので、生産物一つあたりの労働コスト(単位労働コスト)はむしろ低下する。これが値下げに繋がることは無いとしても、将来のインフレ圧力へのバッファーにはなるであろう。
景気が回復を続けても、失業者が多い間は安価な労働力が容易に確保できるから、賃金は上昇しない。増加する労働力は時給の低い非正規労働者が多いので、労働者平均の時給はむしろ低下し、ここでも単位労働コストは低下を続けることになるかもしれない。
更に景気が拡大を続けると、非正規労働者の時給が上昇しはじめる。非正規労働者の賃金は、ストレートに労働力需給を反映するからである。もっとも、正社員の給料が上がり始めるまでは、しばらく時間がかかるかも知れない。
かつての日本企業は従業員の共同体であり、企業が儲かれば株主への配当ではなく賃上げを行なったものであるが、最近では「正社員は非正規労働者と違って釣った魚だから賃上げしなくても逃げない」とばかりに、利益を株主への配当に廻すばかりで賃上げを行なわない企業が増えているからである。
いずれにしても、景気が回復をはじめて一定の時間が経過すれば、インフレ圧力は高まっていくに違いない。それまでに外国でリーマン・ショックのような事が起きて日本の景気を冷やしてしまえば話は別であるが。
○ 労働力不足によりインフレになり、成長出来なくなるとの試算も
潜在成長率という言葉がある。インフレにならずに何%の成長が可能か、という数字である。これを超えた成長が続くと、労働力不足から賃金が上昇したり物不足になったりしてインフレになり、政府日銀が引き締めを行なうので、成長出来ないというのである。
潜在成長率という言葉がある。インフレにならずに何%の成長が可能か、という数字である。これを超えた成長が続くと、労働力不足から賃金が上昇したり物不足になったりしてインフレになり、政府日銀が引き締めを行なうので、成長出来ないというのである。
問題は、過去のデータと今後予想される人口動態から計算される潜在成長率が非常に低く、論者によってはゼロ近傍だという試算もあるほどである。これを信じれば、今後は日本経済は成長できないということになる。
しかし、筆者は楽観している。それは、過去のデータを用いて計算した潜在成長率で未来を予想する事が出来ないからである。バックミラーを見ながら運転が出来ないのと同じである。
○ 潜在成長率は労働力不足で上昇する
経済全体として労働力が余っていて、企業が安価な労働力を容易に調達できる時には、省力化投資は行なわれず、労働生産性も向上しない。しかし、ひとたび労働力が不足すれば、企業が省力化投資を進めるため、労働生産性は顕著に向上する。これまで投資を怠って来たことにより、「少しの省力化投資で大幅に労働力を削減出来る余地」が至る所に転がっているからである。
経済全体として労働力が余っていて、企業が安価な労働力を容易に調達できる時には、省力化投資は行なわれず、労働生産性も向上しない。しかし、ひとたび労働力が不足すれば、企業が省力化投資を進めるため、労働生産性は顕著に向上する。これまで投資を怠って来たことにより、「少しの省力化投資で大幅に労働力を削減出来る余地」が至る所に転がっているからである。
労働力不足により労働生産性が向上するスピードが経済成長率の上限を規定するとすれば、当分の間は比較的高い成長が見込めるかもしれない。投資の余地が充分にあるからである。それを過ぎると個別企業の労働生産性上昇率は低下するが、マクロ経済を見れば、それでも労働生産性の向上は可能である。
まず、失業対策としての公共投資などが不要になる。失業対策であるから、労働生産性は追求されていない筈であり、そうした仕事が消えることで全体の平均生産性は向上するであろう。
労働力不足により賃金が上昇すると、労働生産性の低い企業は高い賃金が払えなくなるので、高い賃金の払える労働生産性の高い企業に労働力が移って行くはずである。これも、マクロ的な労働生産性の向上に資するであろう。
ここからは政治の問題であるが、高齢者だけが済む離島があるとして、そうした高齢者に陸地に移住してもらうことも要検討かもしれない。離島の高齢者を病院に運ぶために雇われている船の運転手を介護労働に使うためである。もちろん、強制は出来ないので、年金を二倍払う、といったインセンティブは必要になろうが、そうした施策が実施されるとすれば、これもマクロ的な労働生産性を向上させ、潜在成長率を押し上げることになろう。
まだまだ日本経済は、需要さえ増えれば成長出来るのである。
(TIW経済レポート 7月4日より転載)
塚崎公義『経済を見るポイント』 TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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