雇用情勢は絶好調だが・・・

2016/07/19
(要旨)
・雇用情勢は絶好調。失業率は低く、有効求人倍率は高い。
・しかし、賃金はあまり上がっていない。
 
(おまけの要旨)
・失業率3%は「完全雇用」
・産業別に見ると、就業者数が増えているのは「医療・福祉」が中心で、次が情報・通信。

 

(本文)
・雇用情勢は絶好調。失業率は低く、有効求人倍率は高い。
アベノミクスによる景気回復で、雇用情勢が劇的に改善した。2012年と2015年を比べると、就業者数は106万人(+1.7%)増えている。自営業者等は30万人減少(−3.9%)しているものの、雇用者数が136万人増加(+2.5%)している。これはおそらく、高齢化した農家や零細商店主等が引退した一方で、企業が雇用を増やしたという事であろう。
生産年齢人口(15歳以上65歳未満)が一貫して減少し続ける中で就業者が増えたわけであるから、失業率は低下し、有効求人倍率は上昇した。失業率の水準自体は3%強であり、概ね「完全雇用」状態と言える。実際、日銀短観などを見ても、企業は人手不足だと感じていて、思ったように労働力が集まらなくなっているのである。
労働力不足という事は、働きたい人が仕事を見つける事が容易になったという事であるから、以前の失業者(および仕事探しを諦めていた潜在的失業者)にとっては素晴らしい話である。アベノミクスの恩恵が、株を持っている富裕層のみならず、失業者等々の恵まれない人々にも及んでいるという事であろう。
・しかし、賃金はあまり上がっていない。
アベノミクスの恩恵が富裕層と失業者等々に及んでいる一方で、普通の庶民の所得は増えていない。27年の勤労者一人当たりの現金給与総額は、前年比でわずか0.1%しか増加していないのである。
これは、消費者物価指数の上昇率よりも低いので、庶民の生活は苦しくなっているようにも見える。しかし、これを以てアベノミクスが失敗であったと言うことは出来ない。
第一に、消費税率引上げにより庶民の生活が貧しくなった部分は、アベノミクスとは無関係なので、この部分を除いたインフレ率で議論すべきである。
第二に、景気拡大から賃金上昇までは長い時間を要するので、長い目で見る必要がある。「今後は賃金が上昇していくと期待できる」とすれば、問題ないであろう。
第三に、非正規雇用比率が上昇しているために全体の賃金上昇率が低く見えているという事を考慮すべきである。サラリーマンとパートを別々にみれば、サラリーマンの現金給与総額は0.4%、パートの現金給与総額は0.5%、それぞれ増えているのである。それなのに全体の現金給与総額が0.1%しか増えていないのは、相対的に現金給与総額が小さいパートのウエイトが上昇したことによるのである。
正社員が減ってパートに置き換わったのであれば問題であるが、正社員も増えたがパートの方が増え方が大きかったという事なので、問題ではない。
個々の家庭について考えると、「サラリーマンの夫と専業主婦の世帯で、妻がパートの仕事にありついた」という場合、統計上の「労働者1人あたりの所得」は減少してしまうが、家計には余裕が出来ている筈なので、問題ないのである。
あるいは、定年後再雇用で雇われた高齢者は、所得は低いであろうから、統計上は「正社員から定年後再雇用になったので所得が下がって貧しくなった」という事になる。しかし、アベノミクス前ならば引退して所得がゼロになっていたとすれば、低い所得でも得られれば、事態は改善していると言えるのである。
今ひとつ、パートの時給が上昇している事も重要である。パートの時給は正社員の給料に比べて労働力需給を反映しやすいので、労働力不足により容易に上昇するのである。上にパートの現金給与総額が0.5%増えたと記したが、労働時間が1%減っているので、時給は1.5%上がっている計算になる。過去3年間でみると、パートの時給は4%上昇しているのである 。
こうしてみると、「アベノミクスによって僅かながら庶民の生活も改善しているが、決して十分とは言えない」といった所であろう。
(おまけ)
・失業率3%強は「完全雇用」
失業率は3%強である。働く意欲と能力があり、仕事を探している人の3%以上が仕事が見つからないというのに、なぜ世の中は「労働力不足」なのだろうか?高度成長期には失業率は1%程度で推移していた事を考えると、企業が真面目に探せば労働者は簡単に見つかるのではなかろうか。
こうした疑問に答えるのが「ミスマッチ」という言葉である。都会の企業が労働者を募集している一方で、「親の介護をしながら田舎で働きたい」人がいる場合、雇用契約は成立しないから、失業者と労働力不足が併存することになる。企業がパソコンが出来る人を募集していて、パソコンの出来ない人が失業している場合も同様である。要するに、企業の求めている物と失業者が提供出来るものの間にミスマッチがあるのである。
高度成長期には、「親の介護をするため田舎に残る若者」は少なかったが、今では多い。高度成長期には、工場の生産ラインで単純作業に従事する仕事が多かったので、「パソコンが出来ないから雇わない」といった事はなかったが、今では単純作業を必要とする工場は途上国に移ってしまい、国内の仕事は技術を要するものの比率が高まっている。したがって、高度成長期よりもミスマッチが多くなっており、「高度成長期より失業率が高いから労働力不足ではない」という事は出来ないのである。
・産業別に見ると、就業者が増えているのは「医療・福祉」が中心で、次が情報・通信。
産業別に就業者数を見てみよう。以下では、アベノミクス前の2012年と2015年を比較すると共に、長期トレンドを見るために2002年と2012年の比較も行なう。2002年も2012年と同じく景気は悪かったので、景気の影響は考えなくて良いであろう。以下、これらの期間をアベノミクス期、アベノミクス以前と呼ぶ。
まず、全体の就業者数は、アベノミクス期に106万人増加した。アベノミクス以前には60万人の減少であったから、景気回復が就業者数を増やした事がわかる。
農林業は、一貫して減少している。高齢者が引退する一方で、若者が就農しない事が原因であろう。引退した高齢者の土地を若者が借りて一戸あたりの耕作面積が拡がっているのであれば望ましいのだが、そうでもなさそうで、耕作放棄地が増えているのは残念な事である。
建設業は、アベノミクス以前に大幅に減少した。公共投資の人気が落ちた事、婚姻件数の減少などで住宅建設が減ったこと、などが影響しているのであろう。この結果、熟練建設労働者が減ってしまっており、アベノミクス期に建設労働者が大幅に不足する事になった。これほど建設労働者が不足しているのに、アベノミクス期に建設労働者が増えていないのは、そもそも従事できる熟練建設労働者が足りないからであろう。
製造業は、アベノミクス前に大幅に減少した後、アベノミクス期は横ばいである。長期にわたる円高で、労働集約型の工場が海外に移ってしまった事が影響しているのであろう。それにしても、「物作り大国」と呼ばれる日本で、製造業の就業者が全体のわずか6分の1というのは意外な数字である。製造業は技術進歩の余地が大きく、機械化によって人件費を抑える努力を続けて来たことも大きい。要するに、全自動に近い生産ラインは国内に残し、全自動化が難しい生産ラインは途上国に移す、という選別が行なわれて来ているのである。あとは、アウトソーシングの影響も大きそうだ。たとえばメーカーが社内の清掃を清掃会社に委託すると、製造業の雇用が減り、サービス業の雇用が増える、という統計上の問題である。
情報通信は、時代の流れで増加を続けている。卸・小売りは、アベノミクス前には減少していたが、アベノミクス期には増加に転じている。アベノミクスが卸・小売業に直接影響したとも思われないが、「アベノミクス前はデフレの時代で、サービスを削っても値下げする企業が多かったのが、アベノミクス期には値段よりサービスで勝負する企業が増えた」のかも知れない。宿泊・飲食も卸・小売りと概ね同じ状況であろう。
アベノミクス前もアベノミクス期も圧倒的な増加数を示しているのが、医療・福祉である。高齢化社会であるから当然であろう。福祉の分野は、労働集約的であるから、労働者一人当たりの付加価値が小さいため、福祉の従事者が増えてもGDPはそれほど増えないであろう。GDPが増えないのに労働力不足が深刻化した理由の一つが高齢化による福祉サービスの増加である可能性は十分にありそうだ。
これまでは、不況期の深刻な失業問題を福祉分野の労働力需要が緩和してくれていたが、今後は労働力不足時代に労働生産性の向上が見込まれない福祉分野が貴重な労働力を大量に使ってしまうため、経済全体としての成長力が制約される(若者が介護に忙しくて自動車を作る人がいなくなる等々)かもしれない。一方で、製造業などの賃金が上昇し、介護分野等の労働力不足が深刻化し、必要な介護が受けられない高齢者が増えるかも知れない。
人手不足には、失業者を減らす、ワーキング・プアを減らす、ブラック企業を減らす、等々のメリットもあるので、ある程度であれば望ましいとも言えるが、それ以上の人手不足は望ましいとは言えないであろう。過度な人手不足に陥らないためには、介護分野もそれ以外の分野も労働生産性を上げていく必要があろう。まさにアベノミクスの三本目の矢である「成長戦略」が求められる所である。
 (TIW経済レポート 3月14日より転載)
TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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