実体経済と株価の乖離は美人投票の結果

2020/08/31

■実体経済は深刻な不況だが株価は堅調
■株価の堅調は金融緩和が原因
■世の中に資金が出回る理由なし
■金融緩和で株価が上がるのは美人投票だから
■株式市場にはバブルの匂いも

(本文)
■実体経済は深刻な不況だが株価は堅調
新型コロナの影響で、実体経済は深刻な不況に見舞われている。感染予防との兼ね合いをつけながら徐々に経済活動を再開していくとなると、V字型の回復は到底見込み難く、当分の間景気は悪そうである。

新型コロナ不況が一過性のものであるならば、株価は将来の景気回復を先取りする形で回復する可能性もあろうが、そうでもないというのがコンセンサスでありながら、株価が堅調なのは、金融緩和が続きそうだという期待が株式市場にあるからだ。

■株価の堅調は金融緩和が原因
景気が回復するまでは金融緩和が続くだろうし、景気が回復して企業収益が回復すれば、現在程度の株価は十分正当化されるだろうから、今の水準で株を買うことには問題は無い、というのが市場参加者の理解なのかも知れない。

そこまで考えているか否かはともかくとして、株式市場の投資家は金融緩和が好きである。金融が緩和されると株価が上がると考えているので、株の買い注文を出す。皆が買い注文を出すと実際に株価が上がる。それが繰り返されることで、金融緩和の株高効果が一層確実なものとなって来たのであろう。まさに美人投票の世界である。

じつは筆者はもともと景気の予想屋であったので、市場参加者が金融政策に非常に強い興味を持っている事が不思議で仕方なかった。金融が少しくらい緩和されたからといって景気が劇的に回復するわけではないからである。

景気の予想屋の間では、金融政策はヒモであると考えている人も多い。筆者もその一人である。ヒモで引っ張る(金融引き締めで景気を悪くする)事は出来るが、ヒモで押す事は出来ない、というわけだ。

そこで気付いたのが、美人投票の存在である。株価は美人投票で動くので、皆が金融緩和を株高材料だと考えていると、実際にそうなるのである。企業経営者等は金融緩和をそれほど重要だと考えていないので、「金融が緩和されたから設備投資をしよう」などと考えないのであるが、それとは行動原理が違うのである。

つまり、実体経済を論じる人(景気の予想屋)と金融市場を論じる人(株価の予想屋)は、同じ経済を見ていても全く違う世界に棲んでいるという事なのであろう。その意味では、経済を論じる人の話を聞く時は、論者がどちらを見ている人なのかをしっかり認識して、自分の目的に合った論者の話を聞くようにすべきなのであろう。

■世の中に資金が出回る理由なし
金融市場の参加者の中には「金融緩和で世の中に資金が出回っているから、それが株式市場に流れ込むのだ」と考えている人も多いようだ。しかし、ゼロ金利下で金融緩和をしたからと言って、世の中に資金が出回ると考える理由は(実体経済面では)特にない。

銀行が国債を持っているのは貸出先が無いからである。したがって、日銀が銀行から国債を受け取って札束を置いて帰ったところで、貸出が増えるわけではなく、銀行は札束を日銀に送り返して準備預金に入金するだけなのである。

実際、(新型コロナ以前には)世の中に出回っている資金の量を示すマネーストックの統計は、それほど増えていたわけではないのである。

仮に増えるとすれば、それは市場参加者が株高を予想して借金で株を買うからであろう。その場合には、因果関係として「資金が出回るから株価が上がる」のではなく「株高を予想するから資金が出回る」という事になろう。

まあ、市場参加者にとってはそんな理屈はどうでもよく、皆が「金融緩和だと資金が出回るから株価が上がる」と考えて株を買う、という事が大事なのだろうが(笑)。

■金融緩和で株価が上がるのは美人投票だから
上記のように、ゼロ金利下で金融を緩和しても、世の中に資金が出回る理由も乏しく、景気が回復する理由も乏しいのだが、株価だけは上がる。それは、株価が美人投票の世界だからに他ならない。

それを端的に示したのが黒田日銀総裁による大胆な金融緩和と、自信満々の記者会見が実際に株価を押し上げたことだ。前任者も質的には似たような事をしていたのだから、もしも金融緩和そのものに株価押し上げ効果があるのであれば、前任者の時代にも少しは株価が上がっていたはずなのに、そうはならなかった。

それは、前任者が「株価押し上げ効果は薄いと思うけど」と言いながら金融を緩和したからである。偽薬効果が働かなかったのである。医者が「小麦粉です」と言って小麦粉を渡したのだから、当然である(笑)。

黒田緩和の話は前回の拙稿「株価は美人投票だと言われるのは何故か(https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/tiw-tsukasaki/125518)」 に詳しく記したので、そちらも併せてご笑覧いただければ幸いである。

■株式市場にはバブルの匂いも
株価が美人投票で上がるとすると、容易にバブルが発生しかねない。皆が上がると思うから皆が買う、そして本当に上がる、という事が繰り返されるかも知れないからである。

一部銘柄には強くバブルの匂いがしているようだし、市場全体現状がバブルであるか否かも不明であり、明確に否定する状況にもないようだ。買い上がっていくバブルではなく「実体経済が悪化して行き、ファンダメンタルズと株価が乖離していく」というバブルであるが。

この点については、次回改めて論じることとしたい。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(8月28日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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