トイレットペーパーは本当に足りるのか
■皆が正しい事をすると皆が酷い目に遭う
■トイレットペーパーが不足している
■在庫は十分だとメーカーは言うが
■落ち着いた行動をとれと政府は言うが
■メーカーには増産のインセンティブが小
■日本人の倫理観に期待するしかないかも
(本文)
■皆が正しい事をすると皆が酷い目に遭う
皆が正しい事をすると、皆が酷い目に遭う事がある。「合成の誤謬」と言う。劇場火災の時、個々人にとって正しい行動は、非常口に向かって走る事であるが、皆が一斉に同じことをすると、皆が酷い目に遭う。
劇場主としては、「走らないで」と放送するのだろうが、皆が正しい事をしているので、放送したからと言って皆の行動が変わるわけでは無かろう。
今回のトイレットペーパー不足も、似たような所がある。トイレットペーパーが不足しそうだ、という時には各人にとって正しい行動はトイレットペーパーを普段より少し多めに買う事だからである。
■トイレットペーパーが不足している
新型肺炎でマスクが不足する事は、容易に理解できる。マスクの利用者が増えるからである。しかし、トイレットペーパーの利用者が増えるわけではないので、人々が冷静ならばトイレットペーパーが不足する筈はない。
しかし、「トイレットペーパーが不足する」というデマが流れ、人々がそれを信じた事によって、本当にトイレットペーパーが不足するようになったのである。
「あの銀行は危ないらしい」というデマが流れることで、人々が預金の引き出しに殺到し、本当に銀行が資金不足で倒産してしまう、という「取り付け騒ぎ」と似た現象である。
■在庫は十分だとメーカーは言うが
メーカーは「在庫は十分ある」と言っているが、それは何に対してであろうか。人々が通常使う量のトイレットペーパーを念頭に置いた発言であれば、意味が無い。人々が買いたいと思っている量だけの在庫が必要だからである。
通常は1週間分のトイレットペーパーを家に置いている消費者が、デマを信じて「2週間分買っておこう」と考える。すると、店頭のトイレットペーパーが消える。
そうなると、人々は一層不安になり、「1ヶ月くらい品不足が続くかも知れないから、1ヶ月分買っておこう」と考えるようになり、一層品不足が深刻化する。そうなると、人々は「いくら大量に買っても安心できない」と感じるかも知れない。
そうなっても、倉庫から在庫を運び出せば足りるのだろうか。そんな大量の在庫を抱えているのであれば、株主は資金効率の向上を要求するはずだろう(笑)。
■落ち着いた行動をとれと政府は言うが
政府が「デマを信じるな」と言うのは、間違いである。自分が信じなくても他人が信じて買えば、実際に品不足になるのだから、デマがデマで無くなるのだ。トイレットペーパーが足りないというのは、今やデマではなく真実なのだ。
それでも政府は「落ち着いて行動して欲しい」と言い続けるだろう。劇場主が「走らないで」と放送するのと同じことだ。そして、人々は政府が何と言おうと必要だと考える分は買おうとするだろう。
■メーカーには増産のインセンティブが小
「不足しているなら、メーカーが増産するだろう」と考える読者がいるかも知れないが、そうとは限らない。騒ぎが収まった瞬間、増産した分がすべて不良在庫となるからである。
マスクであれば、新型肺炎が更に流行してマスクが大量に売れ続ける可能性があり、増産すれば大いに儲かるチャンスかも知れない、という事からメーカーは増産のインセンティブを持っているはずだ。
しかし、トイレットペーパーの場合には、人々の消費量は増えないわけだから、増産した場合に儲かる確率よりも損する確率の方が大きいだろう。
各メーカーがそう考えて増産を渋ると、ますます品不足が長期化し、人々は一層不安になって大量に購入したがるかも知れない。
今回の問題は簡単では無いのだ。
■日本人の倫理観に期待するしかないかも
もっとも、上記の「正しい行動」という所に鍵があるかも知れない。上では「冷たい頭脳で経済合理的に行動すれば」という意味で使っているが、「暖かい心で他人を思いやる行動」という意味で「正しい」行動を人々がとれば、困っている人が自分の後ろに並んでいるのに、棚に並んだ商品を全部買ってしまう、などという事は出来ないはずだからである。
メーカーも、消費者が困っているならば、リスクは覚悟した上で、政府の要請に応じて増産しよう、と考えるかも知れない。
東日本大震災の時、一部には買い占めの動きもあったようだが、総じて日本人は譲り合った、と言われている。今回も、そうなる事を期待したい。
もっとも、そうであっても事態が落ち着くまでには多少の時間はかかろう。その間、どうしても必要な人がトイレットペーパー無しで生活するのは大変だろう。その時には、転売屋を頼るしかない。だから転売屋は悔しいけれども禁止できないのだ。転売屋が禁止できない事については、前回の拙稿「マスクの高額転売は、悔しいが禁止できない」(3/6付コラムhttps://column.ifis.co.jp/toshicolumn/tiw-tsukasaki/118075)を御参照いただければ幸いである。
(3月9日発行レポートから転載)