米国の経常収支赤字を誰も問題視しない理由
(要旨)
■米国の経常収支赤字は巨額
■外貨での借金は危険だが米国は違う
■経常収支赤字と失業が連動しない
■皆がドルを持ちたがるので、資金が流入
■ドル暴落だと米国より他国が困るから大丈夫
(本文)
■米国の経常収支赤字は巨額
米国の経常収支赤字は巨額である。経常収支というのは、「国の家計簿」のことだと考えて良いだろう。
これが赤字だということは、米国人が働いて作り出した物(財およびサービス、以下同様)よりも使った物の方が多いので、その分だけ外国からの借金が増えている、というわけである。
米国は、以前から経常収支が赤字なので、海外から巨額の借金をしている。そもそも1980年代のレーガノミクスの頃から米国の経常収支赤字は問題とされていたのに、何も起きておらず、むしろ誰も米国の経常収支赤字を気にしなくなってしまったように見える。
米国の経常収支赤字が気になるとすれば、「米国が借金を返せないと懸念される」「米国製品が売れないので経常収支が赤字となり、同時に失業が深刻化している」「外国からの借金の金利が高騰する」「米ドル相場の暴落が懸念される」といった場合であろうが、いずれも大丈夫そうだからである。
■外貨での借金は危険だが米国は違う
普通の途上国は、経常収支が赤字になって外国から借金をすると、大きなリスクを抱えることになりかねない。外国から「金を返せ」と言われた時に、米ドル紙幣を印刷するわけに行かないからである。
途上国の借り手としては、自国通貨を米ドルに替えて返済する必要があるので、ドルを買う。最初の返済者は安くドルが買えるが、そのドル買いによってドルの値段が上がるので、次の返済者は少し高い値段でドルを買うことになる。
そのドル買いでドルが更に値上がりするので、後の返済者の負担が重くなっていくので、返済要請が相次いだ場合には最後の返済者は返済できなくなる可能性が高いからである。
それを知っている外国の銀行等は、そもそも貸出に慎重になるし、高い金利を要求するし、何かあれば直ちに返済を要請しようと身構えているので、借り手は気が休まらないのである。
しかし、米国は違う。米国の通貨である米ドルは基軸通貨であり、世界中の貿易や投資や資金貸借に使われているので、米国の借金も当然にドル建てである。したがって、返済のたびに外貨を買う必要がなく、それにより外貨高になって次の返済者が困ることもない。
そして、最後の最後は自国通貨である米ドル紙幣を印刷して返済すれば良いので、返せない心配もない。
返せない心配が無いということは、海外からの返済要請が殺到する可能性が低いということである。「ドル紙幣を印刷すればインフレになる」との懸念する向きもあろうが、「印刷する選択肢があるというだけで、そもそも印刷する必要が生じにくい」のである。
■経常収支赤字と失業が連動しない
経常収支赤字の原因が、米国製品の売れ行き悪化であれば、その結果として米国人労働者の失業が増加してしまうかも知れない。その場合には経常収支赤字を憂慮する人も出てくるだろう。
しかし、その場合でも憂慮すべきなのは結果としての経常収支赤字ではなく、その原因としての米国製品の売れ行き悪化であろう。
現在の米国経済は好調で、経済全体としての失業率も低いため、経常収支が赤字である事自体は気にならない、ということであろう。
ちなみに、某大統領は対中貿易赤字等々を気にしているとも言われているが、大統領が気にすべきなのは貿易赤字や経常収支赤字ではなく、中国との貿易によって生じている特定産業の失業問題そのものなのである。
■皆がドルを持ちたがるので、資金が流入
米国の経常収支が赤字だという事は、輸入代金の一部を外国から借りているという事になる。したがって、外国人が米国に金を貸したくないと思えば、米国企業や米国政府が「高い金利を払いますから資金を貸して下さい」という必要が出てくるかも知れない。実際、レーガノミクスの時には「双子の赤字」のせいで金利が高騰したとも言われていた。
しかし、現時点で外国人投資家の視点に立つと、米国は最も安全な投資先の一つだと言えるだろう。「米国経済が好調だから諸外国からの投資を惹きつけている」という事もあろうが、何より消去法で「ユーロや人民元に投資するより安心だ」という事が大きいだろう。
たとえば日本は、巨額の経常収支黒字を稼いでいるので、おおむねその分だけ対外純資産が積み上がっていくわけであるが、日本人投資家にとって、為替リスクのない日本国債等を別とすれば、外貨資産の中では米ドルが最も安心だろう。
そして、皆がそう思っていると皆が米国に資金を貸すので、実際に米国が安全な投資先になるのである。金融の世界では資金繰りが重要なので、「皆が安全だと思って金を貸している先は安全だ」という事なのだから。
■ドル暴落だと米国より他国が困るから大丈夫
仮に日本人投資家が「ドルは為替リスクがあるから持ちたくない」「米国は対外債務が巨額だからドルが暴落するかも知れず、持ちたくない」などと考えるとすると、「ドル暴落」が起きる可能性はある。
重要なことは、万が一ドルが暴落した場合、米国は少ししか困らない一方で、外国は大いに困る、という事である。
米国の貿易担当者は、自国通貨で貿易しているので、ドルが暴落しても影響は限定的であろう。たとえば日本の輸出企業がドル安による目減り分を補おうとしてドル建ての輸出価格を引き上げる可能性はあるが、売上減を恐れるため、値上げ幅は限定的なものに止まりそうだ。
一方で、諸外国の輸出企業はドル暴落により壊滅的な打撃を被りかねない。そうなれば、諸外国の政府が為替市場でドル買い介入をしてドルの暴落を反転させることになろう。
したがって、米国自身は何の努力もせず、ドル暴落が収束するのを待っていれば良いわけだ。
しかも、諸外国の政府がドル買い介入で得たドルは、基本的に米国債の購入に用いられるであろうから、自動的に米国に流入することになる。
以上を総合的に考えると、米国の経常収支赤字については、さほど気にする必要はなさそうだ。少なくとも、「他に優先的に気にすべき事が多すぎて、米国の経常収支にまで気が回らない」という事は言えそうである(笑)。
(10月1日発行レポートから転載)