「年金が2割減る」との報道は誤り

2019/08/30

■厚生労働省が年金の財政検証を発表
■「2割減る」のは所得代替率
■年金支給額自体は増加との試算
■所得代替率の概念は不要
■年金問題は政争の具にしない

(本文)
■厚生労働省が年金の財政検証を発表
厚生労働省は、5年に一度、年金の財政検証を発表する。前回は6月に発表されたのが今回は8月だった事について、「7月の参議院選挙の前に発表されると与党が困るからタイミングを遅らせたのだろう。だとすると、政府に都合の悪い内容なのだろう」といった推測も流れていた。

それが今週発表され、結論から言えば、「報告書をよく読めば、別に政府に都合の悪い事は書いてないが、野党や一部マスコミが政府を批判する材料となる可能性はある」というものであった。

実際、野党や一部マスコミは報告書の内容を用いて政府を批判している。一部のマスコミは、報告書の内容を誤解して「年金は2割減る」と報道しているようだし、誤解していなくても世論を誘導するために「年金は2割減る」というミスリーディングな発信をしている野党や一部マスコミもいるようだ。

しかし、これは大きな誤解である。高齢者が受け取る年金が2割減るわけではないのだ。

本題に入る前に確認しておきたいのは、本稿で年金額という場合、標準的なサラリーマンと専業主婦の二人分の月額のことであり、物価上昇分を割り戻した金額の事である。

つまり、本稿で「年金が1割増える」とあれば、年金支給額の増え方がインフレ率より1割多い、という意味である。「年金が1割しか増えないなら、その間のインフレを考えれば年金が目減りしてしまうはずだ」と考える読者もいるだろうが、その心配は無用である。

■「2割減る」のは所得代替率
厚生労働省の資料には、所得代替率の数字が大きく書いてある。これは、現役世代の収入と高齢者の年金の比率のことであり、高齢者が現役世代にどれくらい割り負けているかを示すものである。

厚生労働省は6つのケースについて試算しているが、標準的と言われるケースⅢについては、所得代替率が現在の61.7から2047年には50.8まで低下するとされている。これを根拠に「年金が2割減る」と言われているのであろう。

しかし、厚生労働省の資料を読むと、現役世代の所得は大幅に増加し、年金は小幅に増加するので、所得代替率が下がる事になっている。高齢者の年金が減るわけではなく、現役世代と比較した割り負け感が増すというだけの事なのである。

■年金支給額自体は増加との試算
ケースⅢによると、年金支給額は現在の22万円から、2047年には24万円に約1割増加する。年金だけで生活する人にとっては生活レベルが約1割上がることになる。

もっとも、厚生労働省の試算は前提が楽観的すぎると筆者は感じているので、若干控え目なケースⅤについて見てみると、22万円が20.7万円に減ることになっている。もっとも、このケースでも微減であって、2割も減るわけではない。

ちなみに、自営業者に関しては、夫婦二人の現在の年金額が最大で13万円であるが、これがケースⅢで12.4万円まで減ることになっている。自営業者の場合はこのケースでも減るわけだが、これも微減であって、2割も減るわけではない。

以上から考えると、「年金が2割減る」という報道は明らかにミスリーディングであり、誤りであると言える。

■所得代替率の概念は不要
そもそも厚生労働省は、所得代替率を重視しすぎている。高齢者にとって重要なのは、年金の金額(インフレ率で割り引いた値)であって、現役世代と比べた割り負け率ではない。

所得代替率などを資料に大きく書くから、年金が減ると誤解する人がいたり、誤解しなくても政府批判に利用する人が出て来るのである。所得代替率は、脚注に小さく書くくらいで良かろう。

さらにいえば、そもそも所得代替率の計算自体、不要なのではなかろうか。仮に現役世代の所得が10倍になり、年金額が2倍になったとしたら、素直に喜べば良いのであって、現役と比べた割り負け率が悪化したからと言ってガッカリする必要など毛頭ないのだから。

■年金問題は政争の具にしない
年金額が仮に減るとしても、その事で政府を批判するのは的外れである。少子高齢化が進む以上、誰が総理大臣をやっても「高齢者に払う年金を減らす」「現役世代から徴収する年金保険料を増額する」「両方やる」という選択肢しか無いからである。

筆者は、年金が減ったと文句を言っている人を見ると、以下の冗談を言うことにしている。「年金が足りないのは、あなたが長生きしすぎるからである。あなたを長生きさせてしまうような薬を作ってしまった医者を恨みなさい」と(笑)。冗談であるから、真に受けないでいただきたいが。

というわけで、年金の将来については、与野党で知恵を出し合って良い対策を考えていただきたいものである。

ちなみに筆者としては、元気な人は70歳まで働いて年金保険料を払い、70歳から年金を受け取るようにすれば良いと考えている。人生100年時代に「20歳から60歳まで40年間働いて、その後の40年間は年金で暮らす」というのは、如何にも虫が良すぎるだろう。

野党としては、与党を批判する材料が一つ減ることになりかねないが、与党を批判する材料は他にいくらでもあるだろう。

なお、「経済が成長して現役世代の所得が増えれば、現役世代の払う年金保険料が増えるはずだ。そうすれば、高齢者の受け取る年金も増えるはずだ。年金が減るのは政府が経済を成長させられないから、年金が減ってしまうのだ」という批判は、理屈としては正しいだろう。

しかし、それならば年金の話などを持ち出さずに「政府はもっと経済を成長させろ。それが出来ない政府は無能だ」とだけ言えばよい。そうした議論であれば、大いに歓迎しよう。

(8月29日発行レポートから転載)

久留米大学教授 TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   久留米大学教授 TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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