円安神話の失墜

2016/04/27 <>

通貨安競争は有害

日本では、円高が進むたびに為替介入や金融緩和を求める声が沸き立ちます。しかし今月、それに水を差すかのように、「通貨安競争は避けるべき」と力強く述べたのが安倍首相です(米経済紙WSJより)。

これは、すばらしく正しい発言です。全ての通貨が安くなることはあり得ない以上、通貨安競争は不毛かつ有害な競争にならざるを得ません。自国の通貨を安くしようと、世界中の中央銀行が過激な金融緩和を続けたら何が起こるか。危険な金融バブル、あるいは、多くの人を苦しめる悪性インフレでしょう。

なぜ円安を追い求めるのか

にもかかわらず各国は、なぜ通貨安にしたがるのか。それは、自国通貨の価値が下がれば、輸出を行っている(または海外で事業を展開している)企業の自国通貨建て収益が増える、と考えられるからです。

そうした国際的な企業には大企業が多く、国の政策やマスコミの論調に対し、大きな影響力を持ちます。半面、通貨安による輸入品の値上がりは困るという零細企業や一般家計の声は、通常、小さな扱いです。

アベノミクスも、そのような発言力の偏りを前提としていました。また、円安で輸出が増える結果として、生産が増え、いつか国民の雇用や賃金も増える、という「トリクルダウン」説に立っていました。

しかし、現実にはそういった好循環はほとんど起こらず、消費の減少など円安の弊害が目立っています。

当てが外れた円安効果

まず、大幅な円安にもかかわらず、輸出数量は増えませんでした。これは最大の誤算でしょう。

教科書的な考えでは、円安のとき、企業は現地価格(現地通貨建て)を値下げして販売数量、ひいては輸出数量の増加を狙います。その場合、販売増と円安のため、円建ての売上高は大きく増えるはずです。

しかし実際は、現地価格を据え置くという道が選ばれたようです。そのため販売数量は増えず、したがって日本の輸出や生産の数量は増えなかったものの、円安に伴い、企業収益(円建て)は膨らみました。

ただ、生産は増えなかったので、製造業の雇用も円高時に比べ増えたとは言えません。円安で輸出が有利になり工場生産が国内回帰する、と言われましたが、そんな動きも限定的だったようです。

異次元緩和の基本的矛盾

さらに、円安に伴う企業収益増にもかかわらず、賃金はさほど増えていません。これは意外なことではなく、「期待(予想)に働きかける」のを真髄とするアベノミクス(特に異次元緩和)の矛盾の表れです。

つまり日銀などは、企業の前向きな姿勢を醸成しようとしました。ところが、異次元緩和はいずれ縮小されるだろうと多くの企業は考えています。そのとき円高に戻る可能性も意識されています。すなわち金融緩和の異次元性が強調されるほど、将来その正常化に伴って円高が進むだろうと、「合理的な予想」が形成されます。よって、いま円安で儲けた企業は、将来の円高不安から賃金増を抑えざるを得ません。

「円安神話」からの決別を

なお、「円安」は「インフレ」と表裏一体です。「円の購買力低下」を他通貨との関係で考えれば円安、国内の物・サービスとの関連で見ればインフレ、ということです。そして円安へ誘導しようとする日銀などの政策は、無理にインフレ率を高めようとするのと同じく、購買力の低下という弊害をもたらします。

昨年までの約4年間、円の価値は3割超も下がりました。現在はそれが修正される局面にあり、円高がさらに加速する可能性も否定できません(年内にドル円が105円割れなど)。しかし、円安で景気が良くなるという「神話」は、すでに破たんしています。よって日本は、5月の伊勢志摩サミットでも、もう通貨安競争には加わらない、と高らかに宣言してよいでしょう。

 

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