大きな政府の時代、出遅れる日本
~バイデン氏が始める大産業プロジェクト、それを支える経済思想~
【ストラテジーブレティン(280号)】
急変した世界の経済常識、バイデン氏が舵を切る大きな政府
コロナパンデミックを契機に世界の経済学と経済政策の常識が根本から変わった。レーガン・サッチャー時代から40年近くの間支配的であった新自由主義(ネオリベラリズム)的常識、つまり財政赤字は避けるべきだ、自由貿易を尊重し、規制を緩和して産業や市場への国の介入はやめるべきだ、等の見方はあっさり捨て去られつつある。代わって大きな政府を柱とする、いわば「新ケインズ主義」が前面に出てきた。バイデン政権はコロナ対策1.9兆ドルに続いて、8年間で2.65兆ドルという巨額の環境、インフラ投資を打ち出した。半導体国産化支援500億ドル、EV開発と充電ステーション投資1740億ドル、クリーンエネルギー産業支援460億ドル、高速ブロードバンド網構築1000億ドル、スマートグリッド等電力インフラ投資1000億ドル、等の新技術基盤整備が盛り込まれている。この財政資金需要に対してFRBは量的金融緩和で対応する。トランプ時代まで続いてきた税金や社会保障は勤労意欲を阻害するので最小限に、との通念も棚上げされ、富裕層や企業への増税により社会保障の増額が検討されてされる。
産業技術支援に本腰を入れる米政府
中国のハイテク覇権に対抗するには、米国も国家主導の技術産業育成が不可欠である。ハイテク産業は巨額の初期投資が勝敗を決するので、初期コストを政府の支援により軽減することは必須である。まして国家ぐるみで露骨に産業育成をしてきた中国に、素手では対抗できなくなっている。中国はEVで先行しているだけではなく、太陽光パネルや風力発電の最大の生産国であり関連世界特許の3分の1を保有し、エネルギー革命の先陣を切っている(プリンケン国務長官)。EUも新エネルギーや半導体強化プランを打ち出した。米中欧国家ぐるみの産業競争が展開されつつある。
サプライサイド強化からディマンドサイドの強化へ
これまでの経済常識の観点から、空前の財政赤字はモラルハザードを引き起こし、インフレや金利上昇など禍根を残すとの批判が語られる。しかし現実はむしろ逆だろう。コロナパンデミックが起きる前から、先進国経済の3分の1が長期金利マイナスに陥るという異常事態にあった。またデフレによる経済成長の下方屈折という危機が進行していた。これらの病は、つまるところ尋常ではない貯蓄(=購買力の先送り)と、需要不足によってもたらされた。そうした環境は、ケインズが直面した1930年代の世界大恐慌下の経済状態と類似している。金利が臨界点に達し貨幣選好が極端に進み、金融政策が無能化する「流動性の罠」が典型的症状である。当時と同様に財政による需要創造が強く求められていると言える。
レーガン・サッチャー以降の新自由主義の時代においては、供給力不足と貯蓄不足が経済のボトルネックであり、インフレが最大の経済リスクと考えられていた。故に新自由主義の経済学はサプライサイドの強化に注力するサプライサイダーであった。しかしここ10年来の世界的な低金利は、貯蓄が豊富で、需要が慢性的に弱いことを示している。ということは、財政赤字がダメージをもたらすことはなく、むしろ必要であるのかもしれない。「MMT(現代貨幣理論)」は、財政赤字が民間投資の排除や金利押し上げを招くことはないと主張している。経済学と経済政策の軸が明らかにディマンドサイドにシフトしつつあるといえる。
イエレン氏を支持する米国の経済学者・エコノミスト
経済学者でもあるイエレン米財務長官は「歴史的低金利の現在、大規模な経済対策は雇用と経済成長を加速し、恩恵がコストを大きく上回る」と主張し、米国の大半のエコノミストの支持を得ている。これまで貯蓄不足を懸念し財政赤字を厳しく批判してきたIMF、世銀などの国際機関も主張を大きく転換させている。