日本企業は「リチウム=トランプ=南米」という嵐を生き残ることができるか?

2018/12/14

中国の大手通信機器企業である華為技術(ファーウェイ、Huawei)を巡り、世界が新たな段階に入ろうとしている。中国が意趣返しとしてカナダの元外交官を拘束する(※1)一方で、我が国政府がファーウェイ製品排除を念頭とした通信機器の見直しを、重要インフラを担う一部企業に要請したのだ(※2)

ソフトバンク(証券番号:9984)を筆頭に、中国製の通信機器を利用する我が国企業は少なくない。そこで新たな買換需要が生じると考えるのは明らかである。「性能は高いものの高価である」と一般に言われる我が国製品が順当に導入されるのかという点が一つの論点となる。

そのコストを考えるに当たり注目すべきが原材料の調達である。携帯電話端末といったハイテク機器では特にレアアース(レアメタル)の調達が致命的な意義を有する。実際、2010年9月に中国がレアアースの対日輸出を禁止した際、我が国の製造業は大変なダメージを負ったことは記憶に新しい(※3)。その中でも特に注目度が高いのが「リチウム(Li)」である。リチウムは電子端末機器部品としてのみでなく車載電池(リチウム・イオン電池)としても利用が急拡大しており、現在のハイテク産業においてあまりに重要な資源であるために「白い石油」と呼ばれている。本稿はそのような右肩上がりで需要が拡大しているリチウム・マーケットの未来を考え、それに伴う我が国企業の将来を簡単に考えるものである。

リチウムは多くが炭酸リチウムなどリチウム化合物の形にして様々な形で利用されている。たとえば、①リチウム・イオン電池の正極材・電解質、②耐熱ガラス・ハードディスクドライブ・ガラス添加剤(窯業添加剤)、③鉄鋼連続鋳造用のフラックス、④弾性表面波フィルター、医薬品にも利用されている。また水酸化リチウムの形で、⑤リチウム・イオン電池のニッケル系正極材が主要用途であり、そのほか⑥自動車等のグリースとしても利用されている。臭化リチウムでは⑦ビル・工場などの大型空調用吸収式冷凍機の冷媒吸収材での利用がある。塩化リチウムは、空調除湿剤、溶接フラックス等で使用されている。金属リチウムは、一次電池の負極材としての箔や、合成ゴム触媒用のブチル・リチウム原料となっている(※4)

他方で資源という観点から見ると、リチウムはオーストラリア、チリ、アルゼンチンの順でこの3か国が総埋蔵量の半分近くを占めるという偏在具合が有名であり、生産量も41.8パーセント、33.6パーセント、12.3パーセントとこの3か国が大半を占めている(2017年ベース)(※5)。ただしチリおよびアルゼンチンに所在する鉱脈は両国およびボリビア国境にまたがっているため、厳密にはボリビアも考慮しなければならない(またボリビアの保有量に関しては詳細な情報が少ないという側面もある)。またオーストラリアは世界最大の功績生産量を誇るものの、鉱石の形で産出するため、最終的なリチウム化合物生成までの製造コストの面で南米に劣る。なお、中国におけるリチウム生産量は世界全体の6.3パーセントを占めるものの、それが減少傾向にある上、鉱脈がネパール国境地域という輸送に不便な地域にあるために競争力を減じている。

こうした偏在のため、我が国では製造メーカーや商社がリチウム獲得のために熾烈な争いを演じている。その中でも象徴的なのが、親会社であるトヨタ自動車(証券番号:7203)のために獲得に走る豊田通商(証券番号:8015)である。同社はアルゼンチンでジョイント・ベンチャーの組成を行い、最近はその提携先によるオーストラリア開発にも出資している。他方で伊藤忠商事(証券番号:8001)は米国での開発に出資し、三井物産(証券番号:8031)はカナダでの製品引取権を取得している。住友商事(証券番号:8053)は三菱商事(証券番号:8058)と協同でボリビア鉱山公社への技術協力を行っている。三菱商事(証券番号:8058)単独ではアルゼンチンへの出資に加え、オーストラリアでの製品引取権を獲得している。

当然ながら日本以外もこのリチウム獲得に動いている。たとえば一昨日12日(ベルリン時間)には、自動車大国であるドイツが歴史上初めてボリビアにあるリチウム鉱山の開発に携わる権利を取得したとして同国内で大々的に報道されている(※6)。他方で実は1990年代前半までは世界最大のリチウム生産国であった米国は、価格上昇に伴い採算が取れるようになり始めたことも手伝って国内でのリチウム生産を再開している。またテスラ・モーターズがオーストラリア南部にリチウム・イオン電池を用いた大規模蓄電施設を建設している(※7)

このように、需要拡大に伴う価格上昇の中でリチウムを獲得すべく、ますます南米シフトが進んでいる点を理解しなければならない。しかしそうしたシフトに暗雲が立ち込めつつあるという点にも同時に留意しなければならない。

それは何かというと、南米で体制転換が生じる兆候が俄かに見えつつあるということである。これを理解するのに踏まえておきたいのが米国と南米諸国の関係である。南米諸国を巡っては米国と欧州がその植民地開発を巡り対立を重ねてきたことは良く知られている。その一環として「モンロー宣言」が米国から出されている。トランプ大統領はこの「モンロー宣言」に倣った動きをしているのである。北米自由貿易協定(NAFTA)の更改や、ベネズエラといった一部中南米諸国に対する経済制裁、他方で「ブラジルのトランプ」と呼ばれるボルソナロ大統領当選後におけるブラジルへの急接近と、米大陸への改めての進出を再度行い始めている。

こうした中で、南米諸国も親米・反米と二極化しつつあり、またそれまでの対米スタンスを如実に替えつつあるのである。まずアルゼンチンである。今週10日に入って、マクリ大統領の父および弟が一族で経営する建設企業の案件受注のために贈賄を行ってきたとして裁判に掛けられることが明らかになっている(※8)。反米主義でもあるペロン主義を標榜するキルチネル前大統領を訴追してきたマクリ大統領自身に、それに対する反発かの如く司直の手が迫りつつあるのだ。

他方でボリビアを巡っても表立った対立を米国と行っているわけではないものの、モラレス大統領はトランプ米大統領が人種差別主義者であるとして批判を行ってきたこともある(※9)。そうした中でここに来て欧州の優等生であるドイツがボリビアのリチウム開発に乗り出してきたのである。欧州軍を巡り対立を深める米独関係の中、「モンロー主義」を想起してみても、ボリビアに対して何らかのアクションを米国が取る可能性は決して否定できないのである。

最悪の場合、突如としてアルゼンチンやボリビアに対して米国が経済制裁を課すという選択肢も蓋然性が低いものの想定しておかなければならない。そうなった場合、南米のリチウム権益を確保しにかかっている大手商社らが軒並み大打撃を受けることは言うまでもない。

「“上げ”は“下げ”のためである」というルシャトリエの原理が弊研究所の分析の基礎にある根本的な原理の1つである。これに則ると、手痛い平手打ちを我が国企業が受ける可能性をも想定しておく必要があるのである。逆にだからこそ、我が国にある都市鉱山を活用するというリスク・ヘッジを想定し、車載電池からレアアースを回収する技術を開発しその事業化を検討中である三菱マテリアル(証券番号:5711)といった企業にも注目しておく必要がある(※10)。「白い原油」を巡る戦争は始まったばかりである。引き続き注視しなければならない。

 

*より詳しい事情についてご関心がある方はこちらからご覧ください(※11)

 

※1 https://globalnews.ca/news/4749929/canadian-detained-china-huawei/

※2 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38844750S8A211C1MM8000/

※3 https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-17344620100923

※4 http://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2018/03/material_flow2017_Li.pdf

※5 https://www.bp.com/content/dam/bp/en/corporate/pdf/energy-economics/statistical-review/bp-stats-review-2018-full-report.pdf

※6 https://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/deutschland-sichert-sich-zugriff-auf-rohstoff-lithium-15938841.html

※7 https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ07I0I_X00C17A7EA6000/

※8 https://www.france24.com/en/20181210-macris-father-brother-court-over-argentina-corruption-case

※9 https://www.newsweek.com/trump-racism-bolivia-president-us-771960

※10 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34357270Q8A820C1TJ2000/

※11 https://www.mag2.com/m/0000228369.html

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
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