密かに染み渡りつつある「水」ビジネス
今年(2021年)3月22日に「世界水の日」が29年目を迎えた。「世界水の日」は1992年に国連総会で初めて採択され、1993年から世界各地で祝われている(参考)。
ロイズ(LLOYD’S)報告書によれば「2025年までに世界人口の3分の2にあたる人々が何らかの形で水不足の影響下で生活することを余儀なくされる」(参考)。我が国においては身近な存在である「水」も世界においてはそうではなく、「水問題」「水の取り合い」こそが国際情勢の変動の根底にあった。
(図表:水)
(出典:Wikipedia)
「仮想水(バーチャル・ウォーター)」というロンドン大学東洋アフリカ学科名誉教授のアンソニー・アラン(John Anthony Allan)が提唱した概念がある。「仮想水」とは食料を輸入している国(消費国)において、もしその輸入食料を生産するとしたら、どの程度の水が必要かを推定するものである。この概念に則るならば、海外から食料を輸入することによって、その生産に必要な分だけ自国の水を使わずに済んでいることになる。つまり、「食糧の輸入」は形を変えて「水」を輸入していること同じであると主張するものだ(参考)。
人が容易に利用できる淡水としての水は地球上に存在する全ての水の量の約1万分の1にしかすぎない。これが一般的によく言われる「水問題」である。
しかし、「水循環」という考え方がある。
地球上の水は常に同じ場所に留まっているのではなく、太陽のエネルギーによって海水や地表面の水が蒸発し、上空で雲になり、やがて雨や雪になって地表面に降り、それが次第に集まり川となって海に至るというように、絶えず循環している。この「水循環」によって塩分を含む海水も蒸発する際に淡水化され、利用可能な淡水資源が常に作り出されていることになる。したがって、持続的に使うことができる水の量は、ある瞬間に河川や湖沼等の水として存在する淡水の量ではなく、絶えず「循環する水」の一部として捉え、この「循環」を健全に保つことが鍵となるというものだ(参考)。(内閣官房、水循環政策本部事務局による『水循環白書』)
(図表:水循環)
(出典:Wikipedia)
昨年(2020年)12月7日に「水」の先物取引がシカゴ・マーカンタイル取引場(CMEで開始された(参考)。当日の取引における価格ごとの出来高を加味して平均した株価(VWAP、Volume Weighted Average Price)で測定するナスダック・ヴェレス・カリフォルニア「水」指数(NQH2O/Nasdaq Veles California Water Index)である(参考)。これまで水が先物として取引されたことはなかった。
この「ナスダック・ヴェレス・カリフォルニア『水』指数」を開発したのが「水」の価格設定、金融商品化を専門とする金融商品会社ヴェレス・ウォーター(Veles Water)であり、その創業者兼CEOがランス・クーガン(Lance Coogan)である。同氏は「金融商品」の仕組みづくりのエキスパートとしての経歴を持つ。
興味深いのは、同氏が実は2006年から2012年には「炭素市場」(Carbon Market)の中心人物であったことだ。世界銀行や多くの国の政府に対して炭素および炭素デリバティブのコンサルタントを務めてきた。また、排出権の主要マーケットである欧州気候取引所(ECX:European Climate Exchange)に上場されているCER(Certified Emission Reductions、京都議定書にて利用が認められている排出権の1つ)のオプション・デリバティブ契約の50%以上をブローカーとして仲介してきた。
そして近年では「水」に関する知識と技術を用いてオーストラリアのマレー・ダーリング盆地のための水インデックス手法や南アフリカの水取引モデルおよび水取引所を設計している。また、イギリスの水クレジット取引システムや、アメリカの水分配の不均衡を解消するためのアメリカ全土の水クレジット取引システムを設計している(参考)。
我が国においてはかつて豊かな「屋久島の水」を中東諸国(アラブ首長国連邦及びオマーン国等)へといった清水輸送構想もあった(参考)。また日本においては自治体が運営管理する水道の品質は世界でもトップレベルにある。「水」が自治体の財政難を救う手段として地方創生の鍵となる可能性もある。
「水」ビジネスはこれから益々増加し、その種類も多種多様となっていく。その際に中心となってくるのが伊藤忠商事(TYO:8001)や三井物産(TYO:8031)、三菱商事(TYO:8058)といった商社かもしれない。
カリフォルニアから始まった「水」の先物取引が果たして世界に伝播していくことになるのだろうか。そして「排出権」取引や「ミティゲーション・バンキング」などに倣った「水」の基準認証ビジネスが提唱され始めることになるのだろうか。注視して参りたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
二宮美樹 記す
前回のコラム: 紫のダイヤを追え ~アフター・コロナのダイヤモンド市場~
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