知られざる投票マシンの世界  ~グローバル規模で忍び寄る「フェイク投票」との戦い~

2019/04/12

はじめに

我が国では地方選の第一陣がこの週末に終了した。たとえば大阪では維新の会が躍進した(※1)。唯一の与野党「全面対決」となった北海道の知事選では与党系の鈴木直道・前北海道夕張市長が勝利した。同前市長は現職の都道府県知事の中で最年少なのだという。
他方でグローバルに目を転じてみても去る9日(テル・アヴィヴ時間)にはイスラエル議会選が、先月31日にはウクライナ大統領選挙にトルコ統一地方選、また今日(11日)からはインドで総選挙の投票開始となる。来月以降もインドネシア大統領選など“選挙ブーム”とでも呼ぶべき事態となっている。

選挙で切り離すことが出来ないのが「カネ」である。一般的な市議会選挙でも200万円から800万円、参議院選挙に至っては6,000万円以上が経費としてかかるのだという(※2)。衆議院選挙ともなればより大きな資金が動くことになる。また米国となるとまた桁違いの額がかかる。たとえばベト・オルーク上院議員が行った選挙に先立つ資金調達キャンペーンでは、開始24時間で610万ドル(=6億円以上)を集めた(※3)のだという。我が国とは比較にならない規模の選挙資金が必要だということが一目瞭然である。

ではこのような選挙資金は何に使われるのか。我が国の場合、供託金が大きな割合を占めるという。他にも人件費や家屋費に、通信費や広告費といったアピールのための費用が掛かる。

他方で、政党ベースで言えば、例えばPR会社へのコンサルティングの依頼などがあるだろう。その典型としてベクトル(証券番号:6058(※4))がある。同社は昨年3月に選挙への総合サービスを提供する子会社「イレクション」を設立するなど、選挙対策サービスにも活発的に動いている。

他方で、選挙を催す際に費用負担を行うのは、国や自治体である。特に必須となるのが選挙、中でも投開票の円滑、迅速かつ正確な実施である。そのために昨今注目を浴びているのが「投票機器」である。本稿はなかなか注目を浴びることの無いものの、選挙のたびに静かに揺れ動く「投票機器」マーケットを探る。

 

投票機器とは何か?

投票機器はスピードと同様に正確性が何よりも求められる。そのため特殊なマーケット構造を成している。そもそも選挙における基本的な流れの中において開票に関わるプロセス(※5)をまとめるとこうなる:

  • すべての投票箱等の到着を確認・点検
  • すべての投票箱を空けて、投票用紙を混同
  • 投票用紙を分類、点検、計算(自動読取分類機や計数機を使用)
  • 各候補者(政党)の得票数の朗読等
  • 投票録の作成
  • 開票結果を占拠長に報告し、開票録等を送付

このように3つ目のプロセスとして、投票用紙の分類・点検・計算に自動読取分類機や計数機を用いることとなる。そう見ると非常に限定的に思えるが、これにかかるコストは非常に大きい。たとえば2014年12月に行われた衆議院選挙の総費用約561億円のうち、93パーセントに当たる524億円が委託費として投票や開票の実務を担う全国の自治体に交付された(※6)という。さらにこのうちほとんどは人件費に費やされているのだ。

そこで投開票の効率化のために開票機器が導入されている。この機器の提供で寡占体制を築いている企業の中核がムサシ(証券番号:7521(※7))である。同社は1965年からこうした機器の開発に着手している(※8)老舗である。他方で同社以外に有名なのがグローリー(証券番号:6457(※9))である。これら2社がマーケットのほぼ全てを握っている。

 

消えた「電子投票」 ~課題は何か?~

開票のプロセスは先に述べたとおりであるが、この中で疑問という程ではないものの筆者が気にしてきたのが、なぜ未だに紙と鉛筆を投票に用いるのかというものであった。すなわち、電子化をなぜできないのかというものである。実は我が国では地方自治体でのみその導入が許されてきた。それが、昨年(2018年)で利用している地方自治体数がゼロとなったのである。その理由はコスト高にあるという。

電子投票システムを導入してきた青森県・六戸町(※9)京都市(※10)のいずれも効果自体は認めている。いずれにおいても「有権者からは好評で、無効票の排除や開票時間の大幅削減」など明確な効果があったという。しかし、京都市の場合では、投票機のリース代で毎回3,600万円かかるものの投票用紙や開票作業の節約効果は約100万円止まりだったのだという。また国政選挙への導入を目指す法案が平成20年に廃案になったことで導入に対する意欲が削がれてしまったということだ。

他方で、これ以外に最も問題なのが、たとえば四日市市で寄せられたように「電子投票で不正な操作が行われているのではないか、個人情報が記録されているのではないか、自分が誰に投票したのかわかるのではないかといった、電子データで目に見えない部分に対する不安」(※11)である。これに対し「システム(プログラム)は企業秘密があり、公開されておらず、高度な専門的知識が必要なことから、安全性や信頼性について、市民に納得してもらえる説明が十分できていない」(※11)という問題があり、本質的にこの溝を埋めることが困難である。このような理由から、我が国では未だにアナログに拘っているという。

 

おわりに ~我が国だけではないサイバー攻撃と投票~

こうした疑念があるのは、我が国だけではない。たとえば米国は全国的に電子投票の導入が進んできたが、米国の場合、2016年の選挙に対し、電子投票に対する不信が“喧伝”されてきた(※12)という。

こうした疑念は“事実”である様子だ。昨年、ロン・ウィデン米上院議員の下に送られた書簡には、米国最大の投票機器製造会社であるElection Systems and Software社が連邦政府に販売した機器にリモート・アクセス可能なソフトウェアをインストールしていたことを認める(※13)との記述があったのである。欧州のスイスにおいても電子投票システムに脆弱性があり票が操作される可能性があるという指摘を専門家チームが行うという事態があった(※14)

こうした脆弱性に対し、新たな試みが取られている。それは「ブロックチェーン」の利用である。たとえばエストニアやスイス市においてブロックチェーンを利用した電子投票が試験的に行われてきたのだ。特に前者では今年3月の議会選挙で全投票の半数以上が電子投票になるなど電子投票が一般化している(※15)。ただし、現時点では投票システムはともかく、投票デバイス(たとえばスマートフォン)へのハッキングや、投票者自体の買収に対応できないという課題があるという。

民主主義の根幹をなす投票という行為では過去から不正が問題となってきた。それは、今でもハッキングといった形で残存している。投票行為が続く限り、人類と不正との戦いは続く。

*より俯瞰的に世界情勢やマーケットの状況を知りたい方はこちらへの参加をご検討ください(※16)

 

※1 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/040900236/
※2 https://senkyo-rikkouho.com/rikkouho-hiyou.html
※3 https://www.nytimes.com/2019/03/18/us/politics/beto-o-rourke-fundraising.html
※4 https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=6058.T
※5 http://www.soumu.go.jp/main_content/000524047.pdf
※6 https://mainichi.jp/senkyo/articles/20160908/ddm/013/010/034000c
※7 https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=7521.T
※8 https://www.musashinet.co.jp/department/election/election_08.html
※9 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30383270R10C18A5ML0000/
※10 https://www.sankei.com/west/news/150906/wst1509060051-n1.html
※11 http://www.soumu.go.jp/iken/pdf/051108_5_94.pdf
※12 https://publicpolicy.wharton.upenn.edu/live/files/270-the-business-of-votin
※13 https://motherboard.vice.com/en_us/article/mb4ezy/top-voting-machine-vendor-admits-it-installed-remote-access-software-on-systems-sold-to-states
※14 https://japan.cnet.com/article/35134106/
※15 https://japan.zdnet.com/article/35134054/
※16 https://www.mag2.com/m/0000228369.html

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
トムソン・ロイターで配信され、国内外の機関投資家が続々と購読している「IISIAデイリー・レポート」の筆者・原田武夫がマーケットとそれを取り巻く国内外情勢と今とこれからを定量・定性分析に基づき鋭く提示します。
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