仮想通貨と渡来銭、そして米ドル体制に思うこと

2022/04/28

 

5年くらい前だったと思いますが、友人の経営者から仮想通貨の将来性について聞かれたことがありました。
この当時は、法定通貨は国家の信用(財政や将来の税収等)を背景とした基盤があるのと異なり、仮想通貨は裏付ける資産や信用がなく、単なる需給で動いているので根源的な価値がなく、単なる流行りものとの見方の方が強かったように思います。
様々な仮想通貨が乱立し始めた頃でありましたが、「ビットコイン」と「イーサリアム」は残るのではないか、と答えた記憶があります。コインチェックからの暗号通貨流失事件が起きたのはその後くらいだったと思います。

ちょうどその頃に、日銀の貨幣博物館(日本橋の日銀本館の隣にあります)に貨幣の歴史を調べに行き、ある種の確信に至りました。
『貨幣とは必ずしも何かの裏付けを必要とするものではなく、人々がそれに金銭的価値を覚えることができれば成立するものである』、と。
現在の紙幣はすべて金や銀への交換を前提としない不兌換貨幣ですが、ブレトンウッズ体制がニクソン・ショック(1971年)によって崩壊するまでは金の価値を裏付け資産とするものでした。ブレトンウッズ体制とは1945年に金1オンス35ドルとし、各国がドルとの交換比率を定めた固定相場制度であり、それ以前は各国がそれぞれ金や銀との交換を前提とした兌換紙幣を発行していました。ニクソン・ショック以降は現在のように通貨は国家の信用力を背景とするものと考えられています。

それでは通貨はもともと何かの資産による裏付けがあるものだったのでしょうか?古代においては、貝殻や石、布、塩、穀物なども貨幣として用いられていた時代があったようですが、布、塩、穀物などの実物資産でない貝殻や石には価値があると考えられるでしょうか?

日本においてその一つの典型が“渡来銭”です。渡来銭は、13世紀~16世紀(鎌倉時代~室町時代)にかけて、北宋・南宋・明で作られた銭貨ですが、商業発展に伴う交換手段の必要性から需要が高まりました。当然ながら、発行者(北宋や南宋)がその価値を保証するものではありません。

12世紀に朝廷は渡来銭の使用を禁じていましたが、13世紀前半には使用を認めるようになりました。
国内に銭貨を造る技術が全くなかったわけではありませんが(実際に模鋳銭が13世紀~16世紀にあった)、“渡来銭”が安価で大量に供給されたことがその普及を促したのだと考えられます。
渡来銭が、日本やアジア地域で広まった理由も、廃れていった理由も、奇妙なことに同じです。中国では単位当たり価値の低い銭貨では十分に経済的な価値を確保できなかったことから(=取引に大量の銭貨が必要になる)、紙幣や銀の利用へと通貨の主体がシフトしてゆきました。その結果、銭貨が疎まれ、生産が減少するとともに海外に流出してゆきました。やがて、日本でも銀や金が交換手段の中心を占めるようになってゆきました(日本の場合は米(石高)も通貨と同じように通貨としての価値を持っていた)。

仮想通貨も多くの人がそれに価値を認識する限りは通貨として成立します。それに代わる手段が普及しない限りは、価値を持ち続ける可能性があります。
ただし、未来永劫であるかは分かりません。現在、各国政府は「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」の発行を検討しています。CBDCが本格的に始動した時に果たして仮想通貨が現在と同じように価値を維持できるのでしょうか?大変興味深く追ってゆきたいと思います。

余談ですが、室町幕府は大規模な荘園も独自の軍隊も保有せずに金閣寺・銀閣寺に象徴されるような富と栄華を極めました。これは南蛮貿易をほぼ独占することによって渡来銭の輸入を行っていたことが理由です。室町幕府は実質的に通貨発行権を支配する金融事業者であったと言えます。また、通貨発行権が如何に巨大な利益と権力を持つものであるかを示している典型例と言えるでしょう。

同様に米国が貿易赤字と財政赤字を抱えつつも経済が破綻しないのは基軸通貨として米ドルを世界に供給しているからに他なりません。米ドルが交換手段として使用される背景の一つは、米国の経済力だけでなく、先ほど述べたブレトンウッズ体制に加えて、中東への政治・軍事介入によって、米ドルによる石油の購入代金支払いとが密接に関係していたことは言うまでもありません。

今回のロシアへの制裁に参加しているのは欧米先進国(日本を含む)に偏っています(中国は反対であり、ロシアや中国と密接な国家は距離を置いている)。世界は欧米先進国と中国・ロシアを核とする非欧米先進国とに分断化されようとしています。
銀行間決済機構(SWIFT)からロシアを排除したことによってロシアがルーブルでの天然ガス代金の支払いを欧州に求めていること(ハンガリーなど一部の国は既に合意)、サウジアラビアをはじめとしたOPECが人民元取引に応じようとしていることなど、米ドルの基軸通貨としての地位が脅かされる状況が生まれつつあります。
仮に中国による「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」の普及などの要因も絡まって、米ドル体制が覆されるとするならば、世界史の大きな転換点になる可能性も考えられます(変革は瞬間的ではなく長い時間をかけてマグマが溜まるように変化するものとは思いますが)。

歴史の裏側には常に経済・マネーの動きがあることを認識しつつ、国際金融情勢を眺めると違ったものが見えてくるかもしれません。

 


 

 

この記事を書いている人

藤根 靖昊(ふじね やすあき)

  • 東京理科大学 大学院総合科学 技術経営研究科修了。
  • 国内証券(調査部)、米国企業調査会社Dan&Bradstreet(Japan)を経て、スミスバーニー証券入社。化学業界を皮切りに総合商社、情報サービス、アパレル、小売など幅広いセクターを経験。スミスバーニー証券入社後は、コンピュータ・ソフトウエアのアナリストとして機関投資家から高い評価を得る(米Institutional Investorsランキングにおいて2000年に第1位)。
  • 2000年3月独立系証券リサーチ会社TIWを起業。代表を務める傍ら、レポート監修、バリュエーション手法の開発、ストラテジストとして日本株市場のレポートを執筆。
アイフィス・インベストメント・マネジメント株式会社
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