見過ごされるトランプ登場の歴史的、経済的意義
【ストラテジーブレティン(369号)】
疑問符だらけのまま、米国大統領選挙が決着した。戦後2番目の高投票率の中トランプ氏が圧勝した。得票数においても上下両院議員選挙においてもトランプ主導の共和党が勝利し、トランプ氏は大きな政策実行力を得た。8年前には泡沫候補として登場したトランプ氏が、大半のメディアと専門家の予想を覆してクリントン氏を僅差で破ったことは驚きであったが、その後の8年間に一段とトランプ氏にまつわる毀誉褒貶が強まった。
スキャンダルにまみれ4つの刑事裁判で訴追が進行中であり、1年前までは大統領選挙に出馬することすら無理と見られていた。前回2020年の大統領選挙ではバイデン氏の勝利を「盗まれたもの」と認めず、怒った群衆をたきつけて議事堂侵入を引き起こし死亡者まで出た騒擾の呼びかけ人であった。民主党の「トランプは民主主義の敵、トランプが勝てば民主主義は終わる」との主張は、十分説得力を持つかに見えた。この悪評まみれのトランプ氏の何に、有権者は信任を与えたのだろうか。
米国有権者は人格、民主的作法に大いに疑問があってもなおトランプ氏を選んだ。それほど大きなメリットをトランプ氏に見出していた、と考えないわけにはいかない。それは政策を置いてない。実は政策においては、人々は圧倒的にトランプ氏を支持したのである。氏が約束した「MAGA、アメリカを再び偉大にする」、氏が勝利宣言で述べた「米国の黄金時代が到来する」という展望を、大言壮語としてではなく、実現可能なものとして、期待したからに違いない。実際株式は選挙後も史上最高値を更新し続けている。
トランプ氏はイーロン・マスク氏を政府効率化省DOGE(Department of Government Efficiency)トップに指名した。DOGEは組織も建物もないが、マスク氏は既存の行政組織OMG(行政予算管理局)を采配することで、行政の効率化と予算削減を行う、と報道されている。マスク氏は2兆ドルの削減が可能だと言うが、そこまではあり得えないだろう。無視できないのはマスク氏に実績(前科)があることである。2001年にツイッターを買収し、従業員を8割削減するという大ナタをふるった。それは労働強化ではなく業務の効率化と新技術の活用によって実現した。マスク氏は同様のことは、行政機構においても可能である、と考えているのであろう。
確かにAIの進歩は驚異的であり、我々が最新の技術を装備すれば、信じがたい効率化が可能になる。それを阻んでいるのは旧来の既得権益と慣習である。既得権益には、人権、マイノリティ保護、等リベラルの衣を着ている主体も含まれている。DEI(多様性・均等性・包摂性)という口実そのものも、経済発展の阻害要因になっているという認識である。
今や日進月歩の技術進歩を実装し効率を上げる競争は、企業間のみならず、国家間の雌雄を決する要素である。そうしたリストラは、コスト削減以上に業務の効率化とスピードアップをもたらし、競争力を決める決定的要素となる。現状においてすら、最も規制が少なく、労働と資本が流動的で最もイノベティブな米国が、一段と効率化するなら、それは競争相手にとって恐るべきことである。トランプ氏とマスク氏がこれほどまでに規制緩和と既得権益の打破にこだわるのには、十分な技術的・経済的正当性がある、と言ってよいであろう。