イノベーションの追求~リアルワールドへの結びつきが鍵

2016/06/27 <>

・かつて自動車アナリストの頃、ダイハツの電気自動車、スズキの水素自動車、いすゞのディーゼル乗用車を追いかけた。話の筋は面白かった。技術革新を追求して、世の中を数歩先行していた。でも、時代の潮流にはならなかった。

・時が過ぎて、トヨタのハイブリッド車が出た。燃料電池車が姿を現している。そして、マツダのディーゼルエンジンが頑張っている。ウォールストリートジャーナル(WSJ)のテックカフェで、未来の車、AI(人工知能)のデザイン、テクノロジーのデュアルユース(民間・軍事への相互利用)について話を聴いた。注目すべき点をいくつか取り上げてみたい。

・マツダは、車の走りに徹する路線に舵を切っている。限られた経営資源をガソリンエンジン、ディーゼルエンジンの燃費改善に投入すると決めた。世の中のトレンドは電動パワートレインに向かっている。環境にやさしく、燃料効率を上げ、しかも走りをよくするには、エンジンかモーターかという二者択一ではなく、それぞれのよさにイノベーションを起こし、それらをミックスして活用していく必要がある。

・2030年でも内燃機関が主力であることに変わりはない。しかし、相対的に増えていくのは電動パワートレインである。一方で、原油を掘ってそれを精製すると、一定比率でガソリンや軽油が抽出される。すべてを火力発電で燃やして電気にするのは効率的でない。

・マツダは2007年に、①走りと喜び、②環境と安全を追求すると決めた。燃費については2008年比で、2015年に-30%、2020年に-50%の改善を行うという目標を定めた。ガソリンエンジンは、燃料に酸素を入れて点火して燃やす。ディーゼルエンジンは、圧縮した空気を燃料に吹き付けて発火させる。燃費を改善する方法はいくつもあるが、ボウリングの1番ピンに相当するのは圧縮比である。そこで、圧縮比からイノベーションを追求した。

・高圧で圧縮すると、エンジンの中の燃え方にバラつきが出る。そうすると、燃えかすがかなり出るようになり、排ガスが多く燃料効率も悪い。そこで、低圧縮、低温で均一に燃えるようにした。均一に燃えるときれいに燃えて、かすが少なくなる。燃焼室をたまご型にして、火がつきやすいインジェクター(燃料噴射ポンプ)を開発した。

・これでディーゼルエンジンの燃費を20%改善し、スカイアクティブDとして、アクセラ、デミオ、CX-5、CX-3などに搭載していった。これはまだ第1ステップである。今は第2ステップの開発を続けており、その先には第3ステップがある。第2ステップでは、さらにきれいに混ぜる方策を取り入れると、マツダの中井英二ディーゼルエンジン副本部長は強調する。

・量産に漕ぎつけるのに6年かかった。なぜ特化戦略を取ったのか。1)内燃機関が主力の時代は続く、2)ハイブリット戦略では投資にお金がかかり過ぎ、特色を出せない、3)圧縮比を14にもっていく開発に挑戦する、という経営判断があった。ディーゼルエンジンは欧州では主流であったが、日本では肩身が狭かった。思った性能が出ないので、妥協したくもなったが、目標に向けて開発を続ける姿勢を貫いた。

・一丸となって選択と集中を行った。リーマンショックで4年連続赤字となり、会社として後がなかった。エンジニアとしては先を見ており、その方向に自信を持っていた。マツダは小手先の改善ではなく、圧縮比という1番ピンを倒すと決めた。

・電動化は進むが、2030年でも内燃機関は7割を占めると予測されていた。電動化については、トヨタとの提携戦略をとっている。一方で、ディーゼルの燃焼効率を上げるという作戦は、その技術がガソリンにも応用できる。ディーゼルとガソリンのいいとこ取りをすると、燃費-50%という目標もみえてくると、中井氏は期待する。

・VW(フォルクスワーゲン)の排ガス不正、三菱自動車の燃費不正がなぜ起きるのか。本質はマネジメントの問題としても、エンジニアのリソースが足らない中で、車の進化が急速に進むと、必ずテストが求められ、テストだらけになってひずみに溜まってくる。テストの工数が増えてくると、こういうことが起こりうる。

・中井氏は、マツダは‘リアルワールド’で勝負する、と強調する。テストデータは大事である。しかし、顧客がその車を実際に使った時に、走り、安全、燃費が実感できなければ意味がない。燃費でいえば、最も大事なことは実用燃費であるという言葉が印象に残った。

・プリファードネットワークス社(PN)の岡野原大輔副社長も、AI(人工知能)のリアルワールドへの応用を強調した。PNはトヨタと、ぶつからない車に関して共同研究をしている。ファナックとは、ディープラーニングで学ぶロボットの研究開発を行っている。さらに、バイオヘルスケア分野にも入っていこうとしている。ゲノムデータを診断データに活用できないかという点で、AIの応用に取り組んでいる。

・ディープラーニングによる強化学習では、データがものをいう。データが蓄積されてシミュレーションモデルが構築されるのであれば、テスト学習ができるようになる。しかし、シミュレーションレベルではまだデータ不足で、リアルワールドで使うには、リアルなデータをもっと大量に収集していく必要があると、岡野原氏は強調した。

・ディープラーニングはニューラルネットワークがベースにあるが、その深層については今や1000層は普通であるという。学習のさせ方は教えられるが、その後はAIが独自に学んでいく。この学んだシステムはブラックボックスなので、後から制御するのは難しい。

・飛行機は、鳥のように空を飛ぶことを目的に作られたが、鳥の構造を真似ているわけではない。車が登場して、馬車産業はあっという間になくなった。これまでの変化は、世代交代を伴いながら産業構造の変化を遂げてきた。しかし、AIの登場で、今や同一世代の中で大きな変化が起きようとしている。自分の仕事が変質していくので、学び続けて新しい時代に適応していくしかないと、岡野原氏は指摘した。

・才能のあるトップタレントが新しい時代を切り開いていく。そういう人材を企業の中に抱えて、活躍してもらうことができるか。グーグルとどう戦うか。PN社は、差別化されたB to Bの領域を狙っている。大学発ベンチャーのオープンイノベーションに注目したい。

・防衛産業における軍事技術はどのように捉えるべきか。ステルス戦闘機は、レーダーにひっかからない見えない飛行機である。この技術はフェライトにあり、その基本は日本のTDKが開発したものである。かつて、米国の軍事技術は圧倒的に世界№1であった。その技術が民間に流れてきた。

・この軍事から民間へというテクノロジーのスピンオフが、技術革新の1つの流れであった。ところが最近は、民間から軍事へというスピンオンが注目されている。軍事イノベーションだけでは優位にたてないので、民間のテクノロジーを軍事に応用しようとしている。実際、ペンタゴン(米国防総省)がシリコンバレーにオフィスを出して話題を集めた。

・あるテクノロジーを軍事にも民間でも使うというデュアルユースが主流になりつつある。サイバーセキュリティ、アドバンストマテリアル(新素材)、スペース関連など多彩である。サイバーセキュリティでは、軍の防衛システムに加えて、電力ネットワーク、交通インフラ、通信インフラなど、サプライチェーンへのアタックに対してどう守るかが問われている。ドローン、3D、AI、ロボティックスも同様である。

・日本では、ハイリスク、ハイリターンを狙うR&Dについて、もはや民間だけでは対応できない。こういう分野の呼び水は、国が用意する必要がある。米国に習って、日本でもそういう予算を使おうとしている。基礎技術のR&Dを進め、そのテクノロジーの予見性を高めて、民間に早めに使ってもらうという作戦である。防衛装備庁でもテクノロジーの予見性について、ニーズマップを作っており、それを活用していく。

・国際的な共同R&Dは増えていこう。日本の中堅企業が担っている独自技術もいろいろある。デュアルユースという視点でみると、軍事技術、民間技術と分けられない。この分野で技術革新を進め、その技術を守りつつ、民間で大いに活用していくには、従来とは違ったR&Dのフレームワークが求められよう。

・世界最強の日本の自動車産業が、グーグルに負けないか。AIは米国に総取りされてしまわないか。軍事技術のスピンオンでも、やはり米国が優位ではないか。これらの懸念に対して、1)日本はすり合わせ技術をいかに磨いていくか、2)日本独自のAIを活用したロボット技術でリアルワールドをいかに実現するか、3)デュアルユースのテクノロジーの中で、いかに民間ユースを高めていくかなど、イノベーションに挑戦する本物の企業に注目したい。

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