個人投資家の信頼を得るには
・伊藤忠商事の個人投資家説明会に参加した。会社側では、昨年の15回に対して、今年は30回の説明会を開催しようと力を入れている。面白かったのは、アンケート回答用の機器を全員に配り、要所要所で質問をして答えをスクリーンに映し出し、飽きさせないようにしていた。
・伊藤忠商事を知っているかという質問では、繊維に強いという答えの次に、朝型勤務が2番目に多かった。岡藤社長の名前は意外に知られていない。説明会の最後に、今日の説明で株式購入を検討するかという問いに対して、一定の反応は出ていた。機器は250台用意してあって、参加者は150名前後であった。大きなフォーラムやシンポジウムでは参加型アンケートはよくあるが、個人投資家説明会で使っているのは初めて見た。確かに面白い。
・では、説明会の中身はどうであったか。50分の説明はよくまとまっており、分かりやすかった。しかし、まだ会社を知ってもらいたいという解説型であった。これをいかに超えていくか。それが個人投資家向け説明会の大いなるテーマであろう。
・もう少し別な場面を想定して、ベンチャー型の企業が個人投資家から投資を募ることを考えてみよう。いくら説明しても実際に投資してくれなければ、事業を拡大するための資金が手に入らない。何を伝えれば、実際のアクションに結びつくのだろうか。その要素について検討したい。これは、私が納得して投資したくなる条件である。
・第1は、経営者の人物像である。創業者がイノベーターである場合、あるいはイノベーターは事業のコンテンツに邁進し、マネジメントは外部から招いたプロに任せるという場合もあろう。いずれにしても、コアメンバーの人物に、‘個性としての凄さと信頼感’を持てるかどうかがポイントである。凄さとは、自分の言葉で実現したい夢やビジョンを語り、実際の事業について設計図を描いてみせることである。信頼感とは、嘘をつかずに本音を語り、常に誠実であるという姿勢である。これは表情や言葉の端々に必ず出てくる。
・第2は、事業の革新性と成長性である。新業種新業態の場合は、まだ世の中にないビジネスをやろうとするので、その新しさについていけない可能性がある。一方で、既存業種新業態の場合は、すでに先行する企業があり、それに対して新しいやり方や仕組みで市場を作りつつシェアも上げていくというパターンである。ここでのポイントは、イノベーション(仕組み革新)にある。簡単に真似のできない新しい仕組みを構築して、それを一人のイノベーターに依存するのではなく、組織能力にしていくことである。事業の中身を逐一説明するのではなく、事業の革新性がどう「長期の金儲け」に結びつくかを説得して、投資家に納得してもらうことが重要である。
・第3は、事業計画が上手くいかない時の対応である。そもそも、ほとんどの事業計画は上手くいかない、と考えた方がよい。計画には必ず願望が入る。当然である。問題は目標達成が上手くいかない時に、どのような手を打っていくか。それを事前にどこまで考えているか。あるいは、そういう事態を想定して、逃げ道を考えてあるかが問われる。
・投資家は逃げ道の話など聞きたくない。何としても目標を達成してほしいと思う。それがある程度確信できるから投資をするのである。しかし、予想外にドスンとくることがある。それも想定して覚悟しておくことが求められる。企業サイドではドスンと来た時に、次の作戦を打てるように対応し、そのことを投資家に逃げずに説明してほしい。
・上場を目指すベンチャー企業にとっては、第1のイノベーターのマネジメント力、第2のイノベーションによる成長力、第3の上手くいかない時のリスクマネジメント力、によって投資家を引き付けられるかどうかが決め手となろう。ここでピーンとくれば、投資家はお金を出す。
・次の第4の条件は、その企業が少し大きくなってきて、もう少し大型のファイナンスをしたくなった時には、第4の要素としてESG、つまり社会性が問われる。環境、働き方、ガバナンスに対して、しっかりした組織的対応を実践していくことが求められる。社会的価値を組み込んで企業価値の向上を目指していく、ここのところを投資家に「見える化」してほしい。
・最後の第5の条件は、イノベーションの連鎖を生むような仕組みをビジネスモデル(BM)の中に組み込んでほしい。現在のBMを新しいBMへ変換させようと、どの企業も取り組んでいる。そのために中長期計画を作り、戦略を実行している。しかし、これではまだ不十分である。今のBMをとことん追求していくと、新しいBMにオートマティックに変身していくような‘イノベーションを内在化したBM’が本物のサステナビリティ(持続性)を保証することになろう。そのような企業を見い出したい。例えば、米国の3Mはその1社かもしれない。
・ベンチャー型の企業に関して、投資家は最初の3つの軸で評価しよう。上場企業になってくると、ESGも入れた4つの軸で評価されよう。そして、長期投資を考える投資家にとっては、第5のイノベーション内在型のBMを持った企業が最も信頼できよう。投資家はピーンとくる企業に投資したい。つまり共感し納得できる企業かどうかを知りたいのである。
・そのために‘長持ちする情報’を企業に求める。この長持ちする情報とは何か、を企業には問いたい。それは、事業の解説ではない。今期の業績の増減ではない。中期計画の目標数字ではない。‘投資家と共有できる企業価値創造のプロセス’にこそ共感の源泉があるといえよう。そういう企業に投資をして、長期に保有したい。