「『知りたいこと』と『伝えたいこと』」

2015/07/06

・株式投資家は何を知りたいか。それは儲かる銘柄を知りたい。上場企業は何を伝えたいか。わが社はよい会社になろうと、こんなにがんばっていることを知ってほしい。しかし、実際にはギャップがある。あの株を買っておけばよかったという事後的な情報は誰でもわかるが、将来のことになると簡単ではない。企業の中身と株式市場の環境をよくみる必要がある。企業サイドにとっても、1)投資家にとってよい会社とは、2)わが社は何をどうがんばっているのか、について上手く伝えるのはかなり難しい。どうすればよいか。論点は「伊藤レポート」でも議論されているが、私が重要と思うことをいくつか述べてみたい。

・1つは、投資家が短期化しているので、中長期の企業経営とは合わない、という論点である。確かに短期の業績変動で株価は動くので、その変化を先取りしたいという投資家はいる。そこに重点をおいて調べるアナリストもいる。それはそれでよい。多様な投資家がいてよいからである。しかし、会社側は四半期決算の数字に振り回されないように、IRを行う必要がある。数字を中心に聞きたい投資家には、夜電話会議を行えば十分である。社長やCFOがわざわざ出ていく必要はない。

・なぜ短期化したのか。1つの理由は、会社のいう中長期経営が信頼できない点にある。予測できない経営環境の変化もあるので、将来を見通すことは難しい。その中で、トップマネジメントは意思決定をしていく。よって、思うようにいかないことも多い。しかし、それを言い訳にはしないでほしい。中期計画を発表したらやり遂げてほしい。できなければ、説明責任ではなく、結果責任をとってほしい。かいって、責任追及を目的にしているのではない。日本企業にとって改善すべきことは、中期計画の中身の立て方である。多くの場合、目標を細分化して数値目標を掲げるだけある。KPIは大事であるが、十分に練れていないので説得力がない。様子を見ていると、1年目の終りからかい離が目立ってくるというケースもある。

・事業はポートフォリオである。すべてが上手くいくはずはない。すべてが上手くいく前提で、足し算型中期計画を作ったら、必ず未達となろう。かといって、対外発表の数値を安全サイドに立って低く発表するのでは、今一つ迫力がない。逃げの経営になりかねない。ポートフォリオを考えて、いかに事業収益の糊代を作り込んでいくかが鍵である。

・第2は、企業価値創造とは何かという定義とその前提となる価値観の論点である。1)企業価値などという抽象的なことをいうから、わからなくなる。2)所詮ほしいのは、財務の数値であろう。3)将来キャシュ・フローの現在価値をDCFで計算するというが、それで価値が分かるのか。4)投資家はROE、ROEというが、ROEで企業経営などできない。こういう経営者の声はかなりある。

・確かに、そういう側面もあろう。海外のグローバル企業において、自社株買いでROEを高めることに何ら問題はないというマネジメントも多い。さまざまな投資家がいる中で、一度「あるべき投資家」を想定してみよう。筆者が想定する「あるべき投資家」は、ROE至上主義ではない。企業価値には社会的価値と経済的価値の両面があり、そのトータルを追求してほしいと考える。また、企業価値を常に極大化しなくてもよい。H.A.サイモン流の一定の満足度基準を満たすという考え方でもよい。定量的に捉えきれない価値は、ヒューマンキャピタルを始めいくつもあるので、DCFの計算がすべてではない。

・しかし、はっきりさせるべきことが2つある。1つは、いろいろあるにしてもROEが継続的に低いということは、投資家として許容できない。経営者なら一定水準をクリアするマネジメントを実践してほしい。もう1つは、わが社の企業価値創造の仕組みをきちんと語ってほしい。その時に、資本コストについても言及してほしい。企業価値創造とは、長期の金儲けである。儲け方についてのビジョン、価値観、戦略とともに、その基準をはっきりさせてくれなければ、投資家としては、その会社の企業価値創造がよく理解できない。つまり、もし投資家がわが社を分かってくれないと思うならば、かなりのところ説明が不十分か、中身が不十分であると考えてほしい。

・ROEで、企業経営などできない。経験値をベースにするなら、その通りかもしれない。長年、月次の売上げと営業利益を見て育ってきたのであれば、一定のマネジメントの地位について、突然ROEと言われても、その算式はわかっていても、ROE経営は身に付いていない。しかし、その一方でROE経営を実践している会社はある。ROEを、ロジックツリーで展開し、事業の現場で使いこなせるように工夫している。

・伝統的な月次データだけでなく、それぞれの現場のKPIに落とし込んで、経営に活かしている。実はこうしたことは、どの企業でも行われていよう。その会社、その現場で特に重要な固有指標というのは必ずあるし、それを大事にしているはずである。しかし、それが価値創造プロセスときちんと結びつき、対外的にさしつかえない範囲で開示されるようになっているかというと、ここは難しい。価値創造のプロセスにおけるコネクティビティを分析・統合して、見える化をしてほしい。

・3つ目の論点は、稼ぐ力の底上げである。いつの時代にも輝く会社はある。10年という長期で株価が上昇している会社もある。日経平均株価(225社)は1989年末の3.89万円がいまだに抜けず、やっと2万円台に戻ったところである。一方、東証1部の時価総額は600兆円と、ピークを抜いた。但し、かつてのバブル期は会社数が1200社であり、今は1800社である。当時は存在しなかった会社ががんばっているもの事実である。それにしても、この20年の株価パフォーマンスはよくなかった。

・バブル期と比べても仕方がないという見方もできるが、2つの点に注目したい。私たちの年金基金はかなりのウエイトが株によって運用されている。金額の規模が大きいので、一定の割合がパッシブ運用(インデックス運用)されている。つまり、上がる銘柄のポートフォリオを組むというアクティブ運用だけでは賄いきれない。そうなると、株式市場にはいい会社が一部ある。そこに投資すればよいというだけでは済まない。もっと広く多くの上場会社によくなってもらう必要がある。

・企業は競争をしているのだから、みんながハッピーになることはない。誰かが勝てば、誰かが負ける、という見方もある。しかし、企業価値創造はゼロサムではない。プラスサムの活動である。みんなでパイを広げることができる。そのために、企業経営者にがんばってほしいし、投資家はそれを応援していく。がんばるに当って、経営者が自らの保身を先に考えるのでは度量が小さい。中長期の企業価値創造からみて納得できるのであれば、①株式の持ち合いや②買収防衛策があってもよい。十分なアカウンタビリティが問われ、それをチェックするのは社外取締役の重要な役割の1つでもあろう。

・稼ぐ力を高めるのであれば、経営者の報酬はもっと高くてよい。長期の業績に連動して報酬が支払われるのであれば、何ら問題はない。年俸1億円以上は個別に公表するというような考え方では不十分である。報酬体系を明確にして、長期的な成果に対してもっと報いるべきである。

・企業の保有する余剰資金の活用も課題である。稼ぐ力がより高まるように活用してほしい。多くの企業は、事業の苦しい時に資金繰りで苦労した。銀行とは仲良くするが、銀行に頭を下げるようなことはしたくない、という経営者も多い。リーマンショックのような危機が、時には起きる。その時でも社員をリストラせずに、凌げるような一定資金を持っていたいという願望は分かる。そこは明らかにした上で、あとは前向きの投資に使ってほしい。その時にきちんと資本コストを考えてほしい。それでも余剰資金がある場合は、株主に返してほしい。投資家も目先の増配や自社株買いだけを要求しているわけではない。

・企業と投資家が対話して、それで企業価値は向上するのか。その蓋然性は高い。スチュワードシップ・コード(SSC)、コーポレートガバナンス・コード(CGC)にいかに魂を入れるかは、機関投資家と企業経営者の手腕にかかっている。形を整えるだけでは成果は上がらない。10年がかりで世界に通用するトップクラスの機関投資家と企業経営者及びその後継者を育てて、日本企業の時価総額1000兆円を目指したい。そうなれば、私たちの年金問題もかなり克服されよう。

 

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