マーケティングの極意~ネスレジャパン、YKK、資生堂、エーザイ

2014/11/04

・9月にワールド マーケティング サミット ジャパンが開かれた。マーケティングの大御所であるフィリップ・コトラー教授をはじめ、多くの専門家が東京に集まった。マーケティングとは経営そのものであり、いかにリピート客を作り出すかという点について議論が盛り上がった。

・コトラー教授は、1)プロダクトを売る時代ではない、2)顧客志向でも十分ではない、3)ブランドを作るのも大事であるが、4)いかに価値を創り出していくか、5)それを顧客と一緒に創っていく時代に入っている、という認識を示した。顧客は、もっと自分に注目してほしいと思っている。自分は特別のグループの一員になりたい。自分をもっとはっきり示したい。誰もが自らを表現して自己実現したい、と思っている。そこにいかに入っていけるかが問われている。

・そのためには、生活の中に入ったリサーチが必要である。個人の嗜好を明らかにするビックデータの解析が求められる。人々の無意識の中にある動きを見出していく。店舗のショールーム化、体験の機会提供、まれにしかないニーズへの対応、商品・サービスの無料化の推進など、従来と違った形で顧客との新しい接点を作っていくことが重要である、とコトラー教授は強調する。

・ネスレジャパンの高岡社長は、ネスカフェはローテクだが、それ故にイノベーションに挑戦しているという。その1つの姿が、ネスカフェ・アンバサダーにある。これはビジネスモデルの革新である。多くの会社で何が困っているか。それは社内コミュニケーションの不足にある。そこで、コーヒーを飲むという状況を、コミュニケーションをよくする場に変える仕組みを作り上げた。

・まず、組織に属する誰かがもっとコミュニケーションを良くしたいと思う時、その人が自らアンバサダーになると決める。社内の了解を取って、一定のスペースを確保する。そこにネスレから送られてきたバリスタマシーンと貯金箱を置く。コーヒー1杯が20円で飲める。しかも、その場所で社内のさして親しくない人とでも、ちょっとした会話ができる。このアンバサダーにネスレから給料や報酬はない。職場の雰囲気を良くしたいというのが、アンバサダーにとってのモティベーションであり、その一翼を自分が担っているという役割が自己実現に結び付く。

・ネスレにすると、アンバサダーは給料のいらない代理店のようなもので、1杯20円のコーヒー代でも十分採算に合う。日本国内において、この1年半でアンバサダーは14万人に増え、200万人がこのコーヒーを飲んでいる。昨年は年間で5億杯のコーヒーが飲まれたが、今年は10億杯に増えるという。

・新しいコミュニティをアンバサダーが作っていく。そして、周りのみんなに感謝される。14万人がFacebookでこの活動をシェアし、今や毎日300~400人のアンバサダーの申し込みがある。ネスレジャパンは年に3回、アンバサダーの大会を行っている。一度に500人から1000人が抽選で集まって、交流を深めている。結果として、同社にとって、極めて利益率の高いビジネスモデルに育っている。日本初のこの仕組みが、今やスイスの本社でも注目されている。

・YKKはファスナーで有名であるが、建材の分野で「窓」という全く新しいカテゴリーを作り上げた。吉田会長は、ファスナーの目で建材を見た。ファスナーに最大公約となる商品はない。ファスナーは部品であって、1つ1つの商品に合ったものを作っていく。どれも同じものではない。このコンポーネントビジネスの目で建材をみると、サッシ業界やガラス業界はあっても、窓業界はなかった。全国にある4~5万件の建材店が窓を作っていた。

・そこで、2004年に窓メーカーになると決めた。建材店では作れない窓を作るといって、多くの建材店を説得した。このビジネスモデルの転換によって、YKKは窓のパイオニアになり、窓を考える会社のリーダーになった。そして、かつてのサッシメーカーは今やみんな窓メーカーになってきた。新しいサブカテゴリーを自ら作り上げてきたのである。

・資生堂の魚谷社長は、今年4月に社長に就任した。日本コカコーラでの経験を踏まえて、資生堂をグローバルに強く、もっと稼げる会社に変えようとしている。どうするのか。4つの手を打っていくが、基本はハイブリッドにあるという。トヨタのハイブリッド車は、まさにガソリン車と電気自動車の融合で、世界のデファクトスタンダードを作った。全く新しいカテゴリーを作ったのである。

・資生堂は、第1に日本と西欧のカルチャー・考え方の融合を図る。おもてなし、もったいない、というフィロソフィーをしっかりと取り入れていく。第2はダイバーシティの推進である。多様な国籍の人をマネジメント層に入れて、経営をグローバル化していく。第3は、“Think Global, but Act Local”で、ローカルブランドの充実を図る。中国ではAupre(オープレ)というブランドを20年前から始めて、すでに年商400億円に育てている。これをもっと充実させていく。第4は、オープンイノベーションをマーケティングしていく。ハーバード大学とは肌の研究を20年ほど行ってきたが、自分の免疫で肌をよくするというULTIMUNE(アルティミューン)をマーケティングする。こういうイノベーションに訴求していくという。

・エーザイの内藤社長はコトラー教授に学びたくて、若い時ノースウェスタン大学でMBAを取った。そして、現代産業のミッション(使命)は、イノベーション&アクセスにあると定義する。イノベーションは、少ない資源でいかによりよい性能を引き出すか。そのビジネスモデルを追求する。アクセスとは、製品やサービスを本当に必要とする人々にきちんと届けることを意味する。どんな場所でもどんな所得の人にでも、健康のための医療サービスや医薬品は必要とされるからである。

・熱帯病のフィラリアに効く薬を必要としている人々がいる。発展途上国で、所得も十分でない。では、どうするか。プライシングはゼロにした。価格はただで、22億錠を提供することにした。これはフィランソローピーの社会貢献ではない。内藤社長は、これは寄付ではなく、投資であるという。今役立つ投資を通して、いずれエーザイのブランドに返ってくる。株主総会でそのように説明し、了解を得た。新しいマーケティングである。22億錠も作ると、工場でのコストはかなり下がった。2020年以降に新興国として育ってくると、エーザイのビジネスが広がる可能性は高まる。将来への長期投資として、マーケティングを実践している。まさに、内藤社長がかつて学んだソーシャルマーケティングの新しいモデルである。

・高岡社長は、トップと社員のレベルをいかに上げていくかが重要で、そのためには投資家の目が必要であるという。魚谷社長は、商品のカニバリ(自社競合)を恐れるのではなく、これを超えるイノベーションを実践することであると強調する。吉田会長は、全く新しいことは、あまり早くても遅くてもダメで、皆が乗ってくるタイミングを図る必要があるという。アイディアだけではなく、それをいかにお膳立てするかが重要である。内藤社長は、顧客の喜怒哀楽を知るべく全社員で活動するという。そのためには患者のそばにいって、患者の気持ちを知ることである。4人とも、ハートに届くコミュニケーションを、マーケティング活動として実践している。

・最後に、コトラー教授は、マーケティングに優れた会社を格付けする9つの軸を提起した。これを5段階で評価する。軸は、①オポチュニティ、②コミュニケーション、③マーケティングストラテジー、④ビックデータ、⑤販売力、⑥組織、⑦イノベーション、⑧ディストリビューション、⑨CSRである。これに対して、5点から1点で評価する。十分対応できていれば5点、全くできていなければ1点、という具合である。

・満点が45点、すべて3点なら27点、すべて1点なら9点である。まずは自己採点してみる。対象とする会社が30点以上なら一応の水準にあると、コトラー教授は評価する。レーティング(格付け)を通して、企業を自ら評定してみることは、投資家にとっても「企業を見る目を養う」という点で大いに役に立とう。なによりも大事なことは、誰かが付けたレーティングを信じるのではなく、自らそれを実践して、経験を積んでいくことである。

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