『第三者委員会』の役割とゼンショーHD
・弁護士の久保利英明氏(日比谷パーク法律事務所代表)の話を聴く機会があった。久保利氏は、企業の不祥事を解明するために近年注目されている第三者委員会を立ち上げ、その基本形を作ると同時に、第三者委員会の格付けも行っている。その役割について,どのように理解しておくのか。投資家として、企業に問題が発生した時の対応のあり方について、大いに参考になるので、そのポイントをまとめてみた。
・企業をはじめ組織に何か問題が発生した時、自らその実態を調べて改善策をとるのが普通であるが、それができない場合が目立っている。明らかな犯罪行為であっても、起こした個人の問題として片づけるのではなく、組織に内在する機能不全は何なのか,トップはどのように責任をとるのか、という点で第三者の目が必要になっている。
・第三者委員会に法的根拠はない,と久保利氏はいう。第三者委員会は、企業と通常の契約を結ぶだけである。マルハニチロホールディングスの孫会社のアクリフーズで、農薬混入事件が起きた。その第三者委員会の委員長を久保利氏が務めた。企業が本業のビジネスに走っている時、予想もしないことが起きる。組織の歪みがそういう事件を引き起こすのか、たまたま悪い個人がいただけないのか。いずれにしても社会的なレピュテーション(評判)として組織に跳ね返ってくるので、放置するわけにはいかない。
・問題が発生した時に、企業はまず隠そうとする。事を明らかにせず穏便に済ませれば、それに越したことはないと考える。次に、何らかの法律違反があれば、ふとどきな個人の問題として処理して、会社を守りたいと考える。さらに社会問題となって、自社のレピュテーションに響いてきた時には、世の中に納得してもらうように、事態を適切に説明して、分かってほしいと思う。何を分かってほしいのか。会社としては常にベストを尽くしているが、今回の事案は特殊な例外であって、きちんと手を打つので、これ以上深く責めないでくれ、という気持ちが入っている。
・それでもマスコミなどを通じて社会問題になると、通常の会社サイドの説明では誰も納得してくれない。会社の言うことを信じてくれなくなる。その時に、原因究明とその後の対応策について、第三者が的確に調べて報告してくれれば、実態が明らかになり、その後の対応についても説得力が高まる。そこで第三者委員会の登場となる。
・この時、第三者委員会のあり方が問われる。久保利氏は、第三者委員会のメンバーは会社から完全に独立しており、かつ、その分野のプロであることが求められると強調する。つまり、第三者委員会は、独立、公正、厳格であることが必須である。なぜ第三者委員会が必要になってきたか。それは、事案が起きた時に、社外監査役や社外取締役が十分機能せず、信用されていないからだと指摘する。
・社長の責任問題にも結びつく可能性があるので、会社が第三者委員会を作っても、できるだけ穏便に済まそうとするかもしれない。委員会の調査に協力してくれないかもしれない。報告書の内容に口を挿んでくるかもしれない。第三者委員会にお金(費用と報酬)を出すのは会社であるから、そうしたことは起こりうる、それでは本当の自浄作用には結びつかず、信用されないことになる。
・弁護士の本来の仕事は、依頼者を守ることである。通常、依頼者がお金を支払ってくれる。これは平時の弁護士の仕事であって、第三者委員会のメンバーは全く異なる立場である、と久保利氏は強調する。すなわち、第三者委員会の依頼者は、直接的には会社であっても、その裏にいる本当の依頼者は、全てのステークホルダー(顧客、社員、取引先、株主、地域社会)であるという認識である。企業の価値創造を支えるステークホルダー全員から納得を得られるような調査と報告が期待されているわけだ。
・ところが、本来の役割を十分果たせない第三者委員会が増えてくる可能性がある。どこかで甘さや手加減が入ってしまいかねない。それでは組織は再生できないと懸念し、久保利氏は、第三者委員会の格付けを始めた。自分が入った委員会の評価はできないので、その以外の委員会の報告の中から、1年間にいくつかを選んで、A、B、C、D、Fの5段階で格付けをしている。
・何のための格付けか。本物でない、偽物とでもいうべき第三者委員会の報告が散見されるからである。A、Bというのは評価の高いもの、C、Dは評価の低いもの、Fは失格というレベルである。久保利氏自身が出している評価の例では、「みずほ銀行の提携ローン業務適正化に関する特別調査委員会」の報告書はD、リソー教育の第三者委員会の報告書はFであった。
・ゼンショーホールディングス(コード7550)の「すき家の労働環境改善に関する第三者委員会」では、久保利氏が委員長を務めた。過酷な労働実態がブラック企業として問題になった。ゼンショーHDの小川会長兼社長(グループCEO)とは何の面識もなかったが、最も厳しいという久保利氏に委員長を依頼し、メンバーの人選も全て任せた。総ての資料・データの提供と社内の協力を約束したので、彼は引き受けて調査をした。
・結論は、厳しい労働実態が明らかになり、法律を守るように社内の仕組みを改善すべしということになった。法律を守るのは当然である。同時に重視すべきことは、経営者の成功体験が現場への指示となった時に、異常ともいえる働き方を従業員やアルバイトに強要することになった。顧客満足の達成に向けたやる気に訴えるだけではすまされない事態に至った。ステークホルダーの一員である社員、アルバイトのことを適切に評価していなかった。もっと顧客と従業員のバランスを重視せよ、と久保利氏は提言した。
・第三者委員会には、事実を自分で探すという活動が求められる。ヒアリングやアンケート、実際の資料やデータを分析する。これは弁護士が普段やっていることなので、プロとして一日の長がある、社外取締役や社外監査役にしても、実態に迫る調査を行うだけのスタッフが必要となる場面もありうる。しかし、社長にとって不都合なことを許容し、その活動を認めてくれるかどうかは分からない。一定の制約があって、十分な解明ができないことにもなりうる。
・以上を踏まえると、企業にとって大事なことは、1)初期の情報を無視しない、2)軽く考えて穏便に済まそうとしない、3)隠そうとしない、4)ディスクローズを的確に行う、5)真相究明に本気になる、という姿勢が問われる。この一連の考えを実践できるかどうかは、経営トップの姿勢と組織における牽制の仕組みにかかっているといえよう。
・久保利氏は、いつも社長に次のように言っている。トップは常に他人ごとではなく、自分のこととして事態を捉え、いつでも腹を切って謝る覚悟が必要である。いざという場面で、それができるかどうかが本物の力量である、と。
・企業は社会の公器である。企業価値創造の仕組みが時として壊れる時がある。それは、一個人、一部署の問題でない場合が多い。組織に歪みが生じて、十分なガバンスが効いていない。どんな企業にも緩みや亀裂が生じる可能性がある。第三者委員会の世話にはなりたくないが、そのためには、不断の努力と、いざという時の覚悟は常に持っておく必要がある。その姿勢をもっている経営者か、そういう企業文化を醸成している会社かどうか、この点を投資家は最も知りたいと思う。