『伊藤レポート』の意味するもの

2014/09/08

・8月に「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築」プロジェクトの最終報告書が経産省より公表された。報告書は座長の伊藤邦雄教授(一橋大学)が全体をまとめたので、通称「伊藤レポート」と呼ばれる。その骨子を紹介しつつ、意義について考えたい。

・伊藤レポートでは5つの提言を行っている。1つは、「協創」である。企業と投資家が対立するのではなく、協調して持続的な企業価値の創造を目指すという意味である。

・2つ目は、資本コストを上回るROEの実現である。8%を上回るROEを最低ラインとして、より高い水準を目標とする。単にROEを上げるだけでは不十分で、ROEを現場の経営指標に落とし込むことが問われる。それによって、現場のモティベーションを上げ、ROEの向上が結果として生まれてくる。この現場への落とし込みを「日本型ROE経営」といっている。

・3つ目は、インベストメントチェーンの変革である。企業価値を作り出すバリューチェーンを、投資に関する資金の出し手から事業活動を行う企業までの流れという視点で捉え直し、それをいかに強くして、国民を豊かにしていくかを問う。長期的な投資からリターンを得る稼ぐ力を全体の最適化によって大きく高めようとする。

・4つ目は、高質の対話を行うことである。企業と投資家が信頼関係を築くには、企業が企業価値創造のプロセスを開示し、それをベースに両者が建設的で質の高い対話(エンゲージメント)を行うことが求められる。

・5つ目は、経営者・投資家フォーラム(MIF)の創設である。このフォーラムでは、関係者が集まって、継続的に、中長期的な情報開示や統合報告のあり方、建設的な対話促進の方策などについて検討していく。

・これらのことを実践すれば、日本の企業が強くなり、投資家もより良いパフォーマンスが上げられるようになる、と考えた。本当か、と疑問を持つ人もいようが、その蓋然性(実現の確からしさ)はかなり高い。

・まず、企業について考えると、企業は絶えず競争にさらされており、勝ち組もいれば負け組も出てくるのが普通である。しかし、競争には常に二面性がある。1つは内なる戦いであり、もう1つは外との戦いである。内なる戦いでは、その企業の社内における組織能力をいかに高めるかである。投資家との対話に基づく企業のありようについても、社内で力をつけて、社内が盛り上がるような勢いにもっていければ、それが成果に結び付いてくる。投資家は、その社内変革を知りたい。これは他社との競争ではない。自らの過去、現在との戦いである。

・外との戦いにおいては、激突の戦いと、スピードの戦いがある。激突の戦いでは、今のマーケットにおける商品やサービスの質と価格の勝負である。これは勝ったとしてもかなりの消耗戦を強いられる。負ければキャッシュ・フローを失うので、次の戦いに向かう体力をひたすら消耗してしまう。とすれば、激突をいかに避けて、自社に合った顧客、あるいは特定の顧客に合った自社を作っていくことである。投資家はそこを知りたい。

・もう1つのスピードの戦いでは、相対的スピードとその方向性が大事である。戦略のベクトルが同じであれば、自分のスピードがそれなりであっても、他社がもっと速かったら、相対的には遅れをとってしまうことになる。その相対的スピードにおいて遅れをとらないことである。さらに望ましいのは、ベクトルが同じ同質戦略ではなく、ベクトルが異なる異質戦略をとることである。その異質戦略のスピードがどのくらい早いかを知りたいのである。

・準備のためのR&Dやプラットフォーム作りには時間がかかってもよい。時間をかけて、より差別化されたものができるのであれば、そのほうがありがたい。企業における競争は、付加価値の創造においてゼロサムではなく、大きなプラスサムに持ち込むことが十分できるのである。

・その実現に向けて、どんなことを対話したいのか。人によって違いはあろうが、筆者の場合であれば、次のようなことを議論してみたいと思う。1)経営理念、経営ビジョンはステークホルダーと共有されているか、2)トップマネジメントは、主体的なKPIを掲げて、それにコミットしているか、3)将来のありたいビジネスモデルを明確化しているか、4)イノベーションに挑戦して、先行投資をしているか、5)不採算事業を見直す基準を設けているか、6)望ましいROEの水準を定め、その達成に向けて事業を展開しているか、7)リスク事象をカバーする仕組みを働かせ、リスク情報を迅速に公表しているか、8)コーポレートガバナンスの仕組みは十分機能しているか、9)ダイバーシティについて明確な目標を持って推進しているか、10)企業価値創造のプロセスを統合報告として明示化し、対話する場を設けているか、などである。

・伊藤レポートの本文には、相当の論点が盛り込まれている。企業のIR関係者も、投資家やアナリストも、自ら問題意識を持っているテーマが取り上げられ、一定の議論がなされていることに感心するであろう。但し、その答えがすっきり書いてあるわけではない。望ましいアクションの方向にはふれているとしても、具体的にどう実践するかは、我々一人一人にかかっている。個人では乗り越えられない組織の壁もあろう。それを戦略とインセンティブを持って克服していくことを求めている。我々はそれができる力を持っている。収益力を向上させるイノベーションを、「日本型ROE経営」として何としても実現していきたいものである。

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