新しいIRとしてのエンゲージメント
・企業と投資家のエンゲージメント(関係構築のための対話)をどのように進めるか。投資家の視点を入れながら、企業の立場に立って考えてみよう。
・第1は、アベノミクスの成長戦略との関連である。投資家は、たえずその時のテーマを追いかけていく。少なくとも無関心ではいられない。企業からみれば経営環境の変化の1つにすぎないかもしれないが、常に時のテーマに敏感であってほしい。今でいえば、6月に出された日本再興戦略の改訂版2014の内容に関して、自分の会社はどのような関わりがあるのか。ビジネスチャンスの可能性とそれへの取り組み、インパクトのシミュレーションなどは押さえておいてほしい。大事なことは、できるだけ関係ないと言わないことである。投資家の関心事と自社のビジネスの実態をいかに結び付けて理解を深めてもらうかは重要な視点である。
・第2は、自社の企業価値創造の見える化をたえず心がけることである。企業価値の創造といっても、抽象的でよくわからないというかもしれない。まずは、長期的な金儲けの仕組みと考えればよい。当然、社会に役立ち、認められる価値でなければならない。それは何かを論じる。同時に、儲からなければその事業は続けられないので、長期的ね視点でどのように経済的価値を上げていくかを論じていく。
・できるだけ具体的な方が望ましいが、可能な範囲でよい。その場合、投資家からいろいろ聞かれた時に、分からない、それは秘密で公表できない、と答えてはならない。そのように答えると、対話が止まってしまい、相互に不満や不信感が残ってしまうからである。相手の意図をできるだけ汲み取って、考え方や方向性だけでも示してギャップを埋めていく必要がある。
・第3は、投資家の関心が高い資本効率について、どのように対話していくかである。資本効率については、とりわけROEと資本コストがポイントになる。ROEについては、決算短信にも記載する必要があるので、実績については誰でも分かる。一方、資本コストになると、これは分かりにくい。財務データから決まった数値が出てくるわけではない。まず投資家からみれば、その会社に株式投資をする時の要求収益率、期待リターンである。株式投資のリターン(値上がり益+配当)は、業績を反映するROEにほぼ連動すると理解されるので、少なくともこのくらいは必要であるというリターンが資本のコストである。
・言い換えると、金利+リスクプレミアムという見方ができるので、長期金利1~2%(米国なら3~4%)+ 株式リスクプレミアム(4~6%)として、株式の資本コストは日本で5~8%、米国で7~10%とするのが1つの水準であろう。資本と負債のバランスを加味したWACC(加重平均資本コスト)は、自社の資本負債構成を勘案して計算される。
・大事なことは、こうした資本コストが社内で使われているかどうかである。どんな会社でも何らかの投資(設備投資、人材投資)をして事業を立ち上げたり拡大したりする場合、あるいはM&Aを行う時には、必ず事業採算を計算するはずである。単に2年後に黒字化、4年後に累損一掃というだけでなく、経常的にいくら儲けるかという収益力の目標を持つはずである。それが例えば売上高営業利益率で10%を目指すというのでは不十分である。
・投下資本に対してどの程度の利益率(ROIC)を上げるのか。それがWACCをどの程度上回るかが問われる。投資家はこの上回る収益(付加価値)のレベルと持続性を知りたいのである。細かい数字を教えてくれというのではない。その事業モデルの強さと、そういう収益性をきちんとビルトインした経営を展開して、PDCAを回しているかどうかを理解したいのである。
・第4は、企業価値創造のプロセスを共有すべく、投資家と対話をすることである。これは事業内容の単なる解説ではない。バリューチェーンの流れを説明するだけでも不十分である。まずは自社の現状のビジネスモデルの強みと収益の源泉を理解してもらうことである。競争上不利になることがあれば、それを話す必要はない。可能な範囲で理解を深めてもらうことである。ここが不十分だと会社を理解できないので、ちょっとした情報で会社に対する見方が振れてしまう。すぐに不安になって、信じられるのは足元の情報ということで、短期志向になってしまう。
・より重要な点は、今のビジネスモデルではなく、次に目指すビジネスモデルにある。価値創造の仕組みがビジネスモデルであるから、次のビジネスモデルをどのように構築して、収益力を高め維持するのか、について納得してもらうことが求められる。さらに、次のビジネスモデルをどのように作っていくのかというやり方が戦略なので、その戦略についてもよく理解したいと投資家は考えている。
・このビジネスモデルを動かす上では、4つの視点から議論されることになろう。1つは経営者のマネジメント力について、2つは事業の成長性、イノベーションについて、3つは企業のESGやCSRについて、4つは収益性に関わるリスクマネジメントについてである。とりわけ、企業におけるイノベーター(変革者)は誰かということと同時に、いかに組織能力を高めているかが問われている。投資家はその組織能力の強さを知りたいのである。さもないと、価値創造の持続性がすぐに綻びてしまうかもしれないからである。
・第5は、過渡期の対応である。どの企業もいい時ばかりではない。むしろ苦しい局面が続くことも多い。事業の中身をみると、好調な部門もあれば、陰っている部門もある。次のビジネスモデルが十分見えずに、呻吟している場合もありうる。このような時に、どのようにIR活動を展開するのか。対話などしたくないと思うかもしれない。わが社は今苦しいとわざわざいいたくない、という気持ちになるのは普通である。いい時も、悪い時もIRを続けよといわれても気が重くなる。
・ではどうするのか。無理な対話をする必要はない。但し対話をしないと、意図せざる情報や曲解が流布することにもなりかねない。誤解が生まれないようにだけは十分心掛ける必要がある。会社が苦しいと分かれば、通常投資家は寄ってこない。既存の株主も減っていくかもしれない。しかし、ここがチャンスと考える投資家もいる。厳しい時、苦しい時にどのような手を打つかは、既存の株主に知ってもらうだけでなく、バリュー型の投資家もぜひ知りたいと思っている。ターンアラウンドできる力と施策が納得できれば、それが成果に結び付いた時のリターンは大きい、と知っているからである。したがって、苦しい時も投資家を選んで対話を続けるべきである。
・第6は、個人投資家と機関投資家はどこが違うかを認識した上で、どう対話をしていくかである。その場合、相手に合わせるだけでなく、自らの主張をいかに上手く盛り込んでいくかがポイントとなる。両者の最大の違いは、会社サイドに継続的にコンタクトをとって情報を入手できる頻度にある。一般に機関投資家は会社にコンタクトをしやすく、個人投資家はしにくいといえよう。よって、個人投資家には長持ちする情報が大事である。そのためには、ビジネスのコンセプトを語って、ビジネスモデルを十分理解してもらうことである。彼らは経営者の思いに共感し、印象を大事にする。多様な投資家の中に、分かってくれる人がいる。効率はよくないが、地道な個人投資家との対話の場を作っていく必要がある。
・問題は機関投資家である。プロの土俵で勝負しているので、彼らのルールを知っておく必要がある。彼らは長期投資といいながらも、短期の動きを重視する傾向が強い。ヘッジファンドなど多様なスタイルがあるので、求める情報もマチマチである。一般には数字を大事にして、現場の生の情報を活用する。また、中期計画の進捗を注意深くフォローする。マーケットにインパクトを与えるセルサイドアナリストの予想を参考に短期的なコンセンサスを判断し、その中で売買行動をとるタイプも多いので目先の情報にとらわれやすい。
・企業サイドとしては、中長期のビジネスモデルの強化策とKPIについて十分言及して、説得的な論理と実証によって納得感を得ておかないと、短期の情報収集合戦に巻き込まれかねない。機関投資家のニーズに応えながらも、その意味をよく考えて、提供する材料(情報)については、ミスマッチやギャップが生じないように十分認識しておく必要がある。
・第7として、ではどうしたらよいのか。これから最も有効になるのは、統合報告の活用であろう。財務情報と非財務情報を統合して、企業価値創造のプロセスを明解に語っていくという統合的思考(Integrated Thinking)を十分取り入れていくことである。そのためには、まず統合報告書を作ってみることである。
・その上で、決算説明会とは別に、統合報告説明会を行うことである。これは機関投資家のスチュワードシップにも合致したもので、互いにとって効果的、効率的なものとなろう。来期の業績予想や中期の業績計画に留まらない、より深い理解を得るための機会となろう。会社としても機関投資家のニーズをよく知って、それを経営改革に取り入れていくためのきっかけとして活用することができよう。
・統合報告は、個人投資家が要望する長持ちする情報にもほぼそのまま使える。さらに、既存株主との対話にも大いに活用できる。今後、株主総会での対話は統合報告の内容を軸にしたものに発展していこう。大事なことは、投資家との対話を通じて、自社の強みを一段と磨き、競争力を強化することである。そのことが、他のステークホルダーとの対話にも大いに貢献するものと期待される。