企業価値を高める経営戦略

2013/11/18

・10月に開かれた世界経営者会議(日経新聞主催)で、アサヒグループホールディングスの泉谷社長の話を聴いた。企業価値創造について、一つのあるべき姿を描いているので、印象に残った点をまとめてみる。

・アサヒグループHDは創業124年目、売上高1.6兆円、従業員1.8万人、海外売上比率10%、時価総額1.3兆円の企業である。グローバルに見た時、コカコーラ、ネスレ、ペプシコ、AB Inbev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ)を第1グループとすると、企業価値と売上規模でみて、第2部グループに属すると会社側では認識している。

・従来は規模、シェア、売上成長を中心に経営を考えてきたが、これからは企業価値を中心に据えると、泉谷社長は明言する。市場がグローバル化し、外国人投資家が中心となる中では、キャシュフローを重視し、利益の配分をよく考え、M&Aも柱にしていく。国内市場が縮小する中で、どう成長するか。国内を守りつつ、海外を成長エンジンにしていく。グローバル企業を目指すには、企業価値を全面的に追求する必要があると強調する。

・2020年に向けた長期ビジョンでは、“ありたい姿”を掲げた。それは、顧客、取引先、社会、社員、株主という5つのステークホルダーに対するビジョンをそれぞれ明示し、固定的な定量目標は定めず、ビジョンを思いとして表現している。

・一方、その実現に向けた中期3カ年計画では、2015年までの実行計画として、具体的なKPI(重要経営成績指標)を示している。新しい経営方針として企業価値の向上を第一義としているが、それは財務的価値(時価総額)と社会的価値(CSRレピュテーション)の双方を追求する。

・1つは、ファンダメンタルを強化すべく、経営インフラの向上を目指し、KPIとしてROE10% (20102年実績8.4%)の達成を目指す。もう1つは、ビジネスモメンタムとしての成長で、これはEPS(2012年度123円)をKPIとして、年平均10%以上伸ばすことを目標とする。

・泉谷社長は、経営メカニズムを効かせた企業価値向上経営を目指しており、経営者と投資家がそれを共有できれば、長期的な価値向上の仕組みになるとみている。

・見えない企業価値をどうあげるのか。それには経営力、人材力、商品力、マーケティング力を集結して、インタンジブルアセット(無形資産)としてのブランド力を上げることに全力投入する。ブランド力を上げれば企業価値は向上するという論理だ。

・例えば、スーパードライのブランドの鮮度をいかに保っていくか。1987年に発売して以来いろいろな手を打ってきたが、20年もたつと若い人にとっては親父のビールになってしまっているかもしれない。新しい飲み方の提案という点で、エキストラコールド(-2度)をアピールして、エクスペアリエンス(経験)による認知度を高めようとしている。

・インタジブルのもう一つの要は人材力であると強調する。社員の成長=企業の成長である。人の集まりである組織の能力を上げるには、人の能力そのものを上げる必要がある。そのプロセスで、各人の仕事の定義付けと能力付けを明確にしようとしている。そのために人材の育成に力を入れている。ネクストリーダー・プログラム、エグゼクティブリーダー・プログラム、エグゼクティブ・インスティチュートなど、いくつかのレベルがある。形を作っただけで上手くいくものでないとして、社長自らこれらのサクセションプラン(後継者作り)に全力を投入している。

・少子高齢化にはどう向き合うか。社会保障の確保に向けて、消費税が上がってくる。消費税に見合って価格を上げれば需要は減る、という図式でものごとを捉えるのではない。物価が上がる中で、消費の多様化は一層進む。高額品も売れるのだから、価値ある商品を投入して、プロダクトミックスを作っていくと強調する。大事なのは納得価格であって、価値を上げれば価格はついてくるという。

・アサヒビール再興の歴代の社長を見て、自らも実践しているリーダーシップがある、と泉谷社長は話す。①まず頭でよく考える。しかし、その時はまだ口に出さない。②次にハートを見る。心に訴えてみる。③そして腹をくくる覚悟をする。その時でもまだ口には出さない。④それから歩き回る。現場に行って客の声、若者の声を聞く。⑤その上で口に出す。社長が口にしたことは重い。思い付きではダメで、いい意味での現場主義に徹することである、と質問に答えた。

・アサヒグループHDは、買収防衛策を廃止した。規模を追うためのM&Aもしない。さらに企業価値創造に社会的価値も組み込もうとしている。ROEと共に、フリーキャッシュフローの確保、D/Eレシオ(1倍)、自己株式取得も含む総還元性向(50%)の宣言など、実に具体的である。これに資本コストの開示が加わってくれば申し分ない。

・今回の中期計画がどこまで実践できるか。その成果が上がってくれば、価値創造企業として一層高い評価を得ることができよう。

株式会社日本ベル投資研究所
日本ベル投資研究所は「リスクマネジメントのできる投資家と企業家の創発」を目指して活動しています。足で稼いだ情報を一工夫して、皆様にお届けします。
本情報は投資家の参考情報の提供を目的として、株式会社日本ベル投資研究所が独自の視点から書いており、投資の推奨、勧誘、助言を与えるものではありません。また、情報の正確性を保証するものでもありません。株式会社日本ベル投資研究所は、利用者が本情報を用いて行う投資判断の一切について責任を負うものではありません。