「まなびほぐし」に学ぶ

2012/10/21

・尊敬する佐伯胖教授(青山学院大学)の話を聞いた。佐伯先生は、日本を代表する認知心理学者で、「学びの構造」を研究する教育学者である。佐伯先生の議論には、おもしろい話がいろいろ出てくる。普段の常識から離れて異質な思考に触れ、視点を変えてみると、参考になることが多い。

・「‘こびと’を送る」 人は多面的にものを見る必要がある。その場合、自分の分身を擬人的に‘こびと’として、関心のある現場に送ってみる。そうすると、多様な視点から物事が見られるようになる。つまり、傍観者ではなく、当事者として事態を観察する。この擬人的な‘こびと’を本当に送れるかどうかが重要である。

・「自己原因性を問う」 やる気はどのような時にかきたてられるか。人は自分が参加して、それなりに貢献していると感じる時にやる気が出る。この自己原因性がなくなると、落ちこぼれる可能性がある。自分が原因となって影響を与えている時、自己の存在が確認でき、生きがいを感じる。この指し手感覚、自分が動いて、参加しているという感覚を大事にしたい。

・「双原因性がより重要」 自分が原因であると感じる以上に、他者が自分の中で動いているという双原因性が一層重要である。そうなると自分が動くとともに、相手の言うことにも聞く耳が持てるようになる。お互いが影響し合う存在となってくる。

・「共同注視」 自分だけで物事を見て分かった気になるのは難しい。他者との共感を通して世界を知ることができれば、理解は深まるし、分かったという気持ちになれる。この共同注視(joint attention)、つまり、見ているものを共に見ることができる人はすごい。(1)私が見る、(2)相手が見ている、(3)相手が見ているものを見る、(4)その見ているものを私が見る、という感覚と行動である。

・「相手の身になる共感」 共感にもいろいろある。まず、共感している自分がいる。次に、共同注視で生じる共感性がある。これは相手の身になる共感である。そもそも人間の原点には共感性があり、ケアリング(看護、介護)に求められるのも、この共感であるという。

・「まなびほぐし」 まなびほぐしとは、毛糸のセーターをほどいて、元の毛糸をもう一度編み直すようなものである。私たちは学校で学び、学校を出た後も学んできた。この学んだことを一度ほぐして、もう一度学びなおしたいという気持ちは内心誰にでもあろう。

・「学び=勉強+遊び」 学校教育は一方的に型にはまった内容を教える。教えられたほうは仕方なく覚える。そうすると、学校はおもしろくない。ひいては、勉強はおもしろくない、となってしまう。佐伯先生は、「学び=勉強+遊び」であって、学ぶことは本来おもしろいものであるという。ところが、「勉強=学び-遊び」となって、勉強はおもしろくないものになっているのではないか、と危惧している。

・「unlearn」 まなびほぐしは、英語で言うとunlearn。学びなおすことがおもしろいという状況になってほしいという。エジソンは「天才は99%の努力と1%のひらめき」と言ったが、あのジミー大西(タレントで画家)は、これをもじって「99%の遊びと1%のひらめき」と言った。何のための努力か。おもしろくない勉強のためか、おもしろい遊びのためか。本来の遊びはおもしろい。「まなび」においても、このおもしろさをいかに取り戻していくかが問われている。確かに、遊びなら、好きなことなので、いくら努力しても苦痛には感じない。

・「まなびとる」 一度まなびほぐした後は、改めてまなびとるという行動に入る。まなびとるために、学校は前提にしない。教えられることから始めない。勝手に学ぶのである。まなびとる内容は、身体的なわざと一体となった知性である。まなびとって、新しい型を作っていく。そのためには、(1)予感も持って気づくこと、(2)体にしみ込んで、いつのまにか感化されること、(3)相手の身になって自らを振り返り吟味していくこと、が重要である、と佐伯先生は指摘する。これは、と思った人から、勝手にわざを「盗む」感覚だという。少し難しそうだ。

・「ネガティブ・ケイパビリティ」 何でも分かったような顔をしたいが、そうはいかない。今日わからないことは、わからないと受け入れていくことも大事である。わからない状態を受け入れて、決断や診断を遅らせることも1つの判断である。今日結論が出ないことが、結論であるということが大事な場面もある。保留しながら受け入れていく。不確実なものや未解決のものを受容する能力を意味するネガティブ・ケイパビリティ(消極的受容力)は、ケアリングの本質でもあるという。

・以上、投資に直接関係ないことを引用した。しかし、よく考えてみると、投資の世界にも一脈通じることが多いと思う。何らかの固定観念にとらわれて、物事の本質をつきとめきれていない可能性がある。一方的に決めつめて、損をした、得をしたと一喜一憂している可能性もある。私たちの投資の知識、経験知もまなびほぐしてみたい。投資家と経営者の共感、投資家同士の共感、そして、マーケットとの共感が得られるように、まなびほぐしを通して、投資をおもしろくしていきたいものである。‘互いにまなびとる活動’を本格化させたいと思う。

(参考文献)「まなびほぐしのデザイン」 苅宿俊文、佐伯胖、高木光太郎編、東京大学出版会、2012年9月

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