企業再生のスピリットはいかに~ライザップの株主総会
・6月末にRIZAPグループの株主総会に参加してみた。会場まで直接行った。参加者は昨年の10分の1ぐらいであった。瀬戸社長はさすがに元気がなかった。
・瀬戸社長は健康をテーマに起業し、健康食品、通販、ヘルスケア分野へと業態の変身を図ってきた。リーマンショックも乗り切り、ライザップを買収してからは、健康を軸にした自己実現産業のリーダーを標榜してきた。“結果にコミットする”がキャッチフレーズである。
・健康をテーマにしたことはよいが、それだけではどんな事業も健康と結び付けることができる。アナリストとして初期から説明会に参加してきたが、ある時から経営が変質した。
・M&Aで、苦境に陥っている企業を安く買い出したのである。簿価上の純資産より安く買えるので、お得であると考えたようだ。負ののれんが買収した期の特別利益として入ってくる。これは会計上の利益であって、P/L上の純利益は押し上げるが、キャッシュ・フロー上は1円も入ってこない。
・そんな会社を買ってどうするのか。何度か質問した。瀬戸社長は1)企業内容はよく検討している、2)ダメな経営を直せば黒字にすることはできる、3)その上で、ライザップとの連携を図れば、利益向上ができるという説明であった。
・瀬戸社長はマーケティングの勘には優れたものを持っている。でも、ライザップ本体から経営陣を送るほど人材はいなかった。そこで、外部の人材を登用した。事業が本当に苦境に陥っている会社が、そう簡単に立ち直るはずもない。
・しかし、会社を次々と買って、負ののれんで表面上の利益を伸ばすという見かけだけのM&Aで成長加速させた。うまくいくはずがない。会社の経営諮問委員会には、しかるべき人材が入っていた。何をやっているのか、と疑問に思った。執行の取り巻きにM&A推進派が入って、社長の暴走を止められなかったのか。
・ところが、瀬戸社長は自ら、カルビーの経営再建で手腕を発揮した松本氏を経営陣に招聘した。膨張しつつあるグループ企業のマネージが難しいと感じたようだ。ここで、筆者は株主総会に出てみたいと思った。松本さんがどういう経営行動をとるのか。
・カルビーの経営については、説明会で松本さんの話を何度も聴いてきた。すばらしい経営者である。このことは多くの投資家がわかっていた。
・創業者の暴走を取締役が止められるか。執行担当の上級取締役に入って、トップのこれまでの路線にブレーキをかけられるか。これは、創業型オーナー企業にとってガバナンス上の最大の命題である。
・松本さんは経営の実態をみて驚き、すべてのM&Aにストップをかけた。相当の軋轢があったものとみられる。それでも瀬戸社長は同意した。自分が三顧の礼で招いた日本を代表する名経営者である。それを切り捨てて、今までの路線を貫くことはできなかった。
・拡大路線をやめると何が起きるのか。負ののれんの見かけの利益が消えた後、本当にダメな企業の負の損益が次々と表面化した。その赤字を減らすことに全力投入したが、そんな後ろ向きの経営のために会社を買ったのか、と投資家もアナリストも失望した。
・松本さんは、事業をストップさせたことで、自分の役割にけじめをつけ、取締役を1年で辞任した。ただ、顧問として、その後の経営にアドバイスは続けている。
・翌期に、SCSKの元社長で、同社の経営改革を実行し、働き方改革で日本をリードした中井戸さんが、社外取締役で入り、取締役会議長に就いた。取締役会の議長に社外取締役が就くというのは、ガバナンス上のあるべき姿である。議長は、取締役会の議案、審議の進行にリーダーシップを発揮できるからである。
・創業者に対しても牽制を働かせることができるはずである。ところが、中井戸さんも1年を待たずに辞任した。何が起きていたのか。経営の進路、判断において、かなりの対立があったとみてよい。
・今回の株主総会では、二人の有力な人材が社外取締役で入った。二人とも、経営諮問委員会のメンバーであったから、経営内容については知っているはずである。これからは社外取締役として、取締役会に出て、瀬戸社長を監督し、必要に応じて助言を行っていく。
・経営はかなり苦しい。2020年3月期は売上高2029億円(前年度比-3.8%)、営業利益-7億円(前年度-83億円)、純利益-60億円(同-194億円)であった。今期の見通しは公表していない。純資産は330億円、自己資本比率は14.1%であった。現金270億円、有利子負債1072億円、減価償却143億円、減損損失49億円であった。
・前期は3Qまで黒字で予算を上回っていたが、4Qでコロナショックの影響によって、減損が発生し、赤字に陥った。1年前の総会で黒字化を達成できなければ、トップを辞任すると宣言していたが、コロナショックへの対応は緊急事態なので、創業者である自分がやるしかないと決断した。
・2年前の営業利益(230億円)に戻すまで、自らの役員報酬はゼロにしており、何としても再生を実現したいと語った。大株主なので、覚悟をもって取り組み、自信はあるという。ライザップグループはコロナショックを乗り切れるか。5月6日時点でグループ1100店中7割が休業した。その後戻ってはいるが、黒字化はまだである。
・対策は2つある。1つは、売上高が今までの7割でも黒字になるように損益分岐点(BEP)を引き下げる。もう1つは、非対面ビジネスの強化に向けて、新しいサービスを開発し、スタートさせる。
・6月よりグループ企業80社の管理部門を統合し、バックオフィスのシェアード化を開始した。また、グループの直販、ネットビジネスも一本化するように図っていく。6月もテレワークを実施しており、本社フロアの半分は返却する方針である。調達・購買の統合も進めて、コスト低減を行う。
・非対面集客では、新聞に一面広告を展開して、ジーンズ、キャンプ用品、買取事業などのマーケティングを強化し、その反応はよかった。主力のライザップは、1)オンラインコース、2)無料抗体検査、3)おうちでRIZAP、4)法人向けEラーニングによるウェルネスプログラムなどを始めた。
・株主とのQ&Aでは、1)社外取締役との意見の相違はあったが、今後は意見を尊重して活かしていきたい、2)トップがコミットしたことがちっとも実現していない点は申し訳ないが、ここは頑張って信頼回復に向かっていく、と語った。
・また、3)これまでは対面ビジネスの“資産をもつ経営”であったが、非対面で勝負できるのか、4)ライザップ業態に対して類似のサービスがいろいろ出ているが、本当に差別化が活きるのか、5)ユーザーとしてライザップのトレーニングを受けていて、トレーナーの意識が低いように感じられるが、トレーナーの質を上げる施策は十分か、などの質問がでた。
・これ対しては、10万人の顧客データから非対面ライザップの新サービスを創っていくので、もう少し見守ってほしいと答えた。いずれも的を射たよい質問であった。企業再生が創業者でできるのか。まだ正念場にある。攻めのガバナンスと同時に、守りのガバナンスにも大いに注目したい。