企業価値向上経営~コマツのケース

2020/04/27 <>

・東証では毎年、企業価値向上企業を表彰している。その狙いは、ベストプラクティス(最も良い事例)を示すことで、あるべき経営を全上場企業、投資家に知ってもらうことである。

・資本コストをはじめとする投資家の視点を強く意識した経営を実践し、企業価値向上に邁進してほしいという思いを込めている。2012年度からスタートして、今回で8回目となった。

・これまでの大賞企業は、ユナイテッドアローズ、丸紅、オムロン、ピジョン、花王、塩野義製薬、ダイキン工業、そして今回は小松製作所であった。

・表彰に当たっては、経済的付加価値の要素に持続性の要素を加え、5つの軸を評価の視点としている。具体的には、①メジャメント(経営指標)、②マネジメントシステム(経営管理制度)、③モティベーション(評価報酬制度)、④マインドセット(企業風土の醸成・変革)、⑤エンゲージメント(企業との建設的な対話)である。

・少し分かりにくいので、解釈してみると、EVA(経済的付加価値)をきちんと測っているかを問う。当然、経営に資本コストを持ち込んで、具体的に使っていることが重要である。

・次に、EVAを生み出すように、経営の仕組みが構築されているか。マネジメントや社員のモティベーションを中長期的に高めるような評価制度と、それに連動した報酬制度が作られて機能しているか。

・企業全体の価値向上に向けた活動が、企業風土(カルチャー)として定着するように、日々具体的に活動しているか。そして、企業と投資家は企業価値向上に向けた建設的な対話を実践しているか。その対話から得られたヒントを、経営の現場に生かすようにフィードバックループを回しているか。こうした点を評価していく。

・小松製作所のケースでは、1)自社の株主資本コストを8%程度と想定し、これを上回る10%以上のROEを目標とし、その取り組みについて統合報告書で開示している。

・2)新規投資や事業撤退を含む事業ポートフォリオの管理では、EVAを継続して用い、投資案件の業種・地域・リスクに応じた活用を実行している。また、グループのKPI(業績管理指標)として、ROICを用いている。

・3)経営トップ自ら投資家との対話を重視し、中期経営計画においてその対話を踏まえて、ESGに関する具体的な定量目標を策定している。こうした3点がとりわけ高く評価された。

・2月に、コマツの坂根氏(元社長・会長)の話を聴いた。何度聴いても、実に示唆に富む。2019年7月にコマツから完全に引退し、今は他社の社外取締役や政府の委員として活動している。

・社外取締役としては、東京エレクトロン、野村ホールディングス、旭硝子(現AGC)を経て、現在は武田薬品工業と鹿島建設の任にある。武田では、坂根氏が取締役会議長である。

・コマツのダントツ経営を指揮した時は、事業ポートフォリオを世界№1か、№2のものに絞り込んだ。武田は医薬品業界で、世界18位である。武田の社外取としては、事業領域を絞り込めと言ってきた。そこで、がん、消化器系、中枢神経系、ワクチンの4つに絞った。主戦場はいずれも米国である。

・坂根氏は79歳、産業革新機構の議長にも就いている。国がやるべきことは、デフレ脱却、地方創出、東京再生と位置づけ、ベンチャーの台頭にも働きかけている。また、福島復興に尽力し、地球環境とエネルギーのあり方にも一家言ある。

・王陽明の「知行合一」を柱に、ものごとの本質を突き詰めたら、ひたすら行動すべしという信念を実践する。企業は、選択と集中に邁進せよ、と説く。

・企業価値については、まず稼げ、さもないと、分配できない。そのためには、選択と集中が基本で、コマツの社長を6年間やった時は、これを徹底した。

・企業価値とは、ステークホルダーにとっての「信頼度の緩和」であると定義する。価値には3つの側面がある。①価値の創出、②価値の共有、③価値評価である。ステークホルダーを、この3つの軸でレーティング(A、B、C)して、その位置づけをはっきりさせる。

・当然だが、価値を創る人が最も重要で、顧客はすべてAであると、坂根氏は強調する。顧客価値創造が最も重要で、これを他のステークホルダーに分配していく。その基盤がESGであり、TQM(総合的品質管理)である、という考えだ。

・次の社長に引き継ぐ時、坂根氏は自らのマネジメントをいかに伝えるか。その引継書をコマツウェイと名付けた。これがコマツにとってのESGとなった。

・社長になりたいというヒトは選ばない。取締役会では、報告、討議、決議を明確に分ける。バッドニュースを隠させない。不正は必ず正す。後継者をあげさせる時には、必ず次の次の候補も出させる。自分の部下でないヒトを出させる。このあたりに経営の本質がある。

・常に現実を見よ、現場こそ大事、そして課題を顕在化させよ、その上で原点に戻れ、という。原点は設計にあり、設計とはデザイン、つまりデザインから見直すということである。新しいビジネスモデルで、顧客の現場を変えていく。そのための仕組みをデザインせよ、という発想である。

・ブランディングとは、売れ続ける戦略のことである。できたものを売るのではない。ニーズに合うものを提供する。商売は取引ではない。いかに関係性を作るかにある。そして、コマツが、顧客にとって、なくてはならない関係になることが最高のブランディングである。

・かつて日本のものづくりは、後追いのビジネスモデルであった。これでは、もはや勝てない。ところが、IoTの時代が来た。これを現場で活用すれば、ビジネスモデルで先行できると考え、実践した。

・ダントツ経営を実践した。ダントツ商品からダントツサービス、さらにダントツソリューションへと展開した。建設機械の稼働状況が分かるという仕組みで先行したが、今やスマートコンストラクションに入っている。無人ダンプを売るのではない。鉱山全体をITでコントロールしていく。顧客の現場を変えることで、価値を生み出す。建設機械の販売からのリターンではない。

・今やドローンが飛んでデータを収集している。データの活用をエッジコンピューティングでIoT化していくと、建機の稼働率を高めることができる。何が起きるか。動いていない建機が減る。つまり、建機の販売台数は減っていく。シェアリングエコノミーの台頭といえよう。

・自動車も同じことになろう。台数を売るのがビジネスではなく、データ経営が問われる。サプライチェーンの見える化を行い、それをつなげていくビジネスが勝つという見方である。トヨタとNTTの提携も狙いが見えてくる。

・グルーバルなコスト競争力においても、変動費化、間接業務の共通化、事業の再編成を行えば、相当戦えると判断した。実際、コマツはキャタピラーと戦える仕組みを作った。

・坂根イズムは、コマツウェイの進化を通して、現在の経営に生きている。次の経営陣も次々と育って、後継者はいずれも優れた実績を上げている。オーナー型でなくても、素晴らしい経営を持続できるというカルチャーを作り上げている。コマツがよい会社であるのは知っていても、もう一歩踏み込むと企業価値創造経営の本質を学ぶことができる。投資にも大いに活用できよう。

株式会社日本ベル投資研究所
日本ベル投資研究所は「リスクマネジメントのできる投資家と企業家の創発」を目指して活動しています。足で稼いだ情報を一工夫して、皆様にお届けします。
本情報は投資家の参考情報の提供を目的として、株式会社日本ベル投資研究所が独自の視点から書いており、投資の推奨、勧誘、助言を与えるものではありません。また、情報の正確性を保証するものでもありません。株式会社日本ベル投資研究所は、利用者が本情報を用いて行う投資判断の一切について責任を負うものではありません。