「IPO銘柄の初値買いは絶対やめるべき」IPOの過小値決め問題 ― 果たして公取委の言い分は正しいのか?
読者の皆さんはあまりご存じないかもしれないが、1月28日に公正取引委員会が『新規株式公開(IPO)における公開価格設定プロセス等に関する実態把握について』という報告書を公表した。これを読んだ私はビックリ仰天。いろいろと思うところがあるので、今回はこの問題について述べてみたい。
報告書の内容は何か? 公正取引委員会が証券市場に物申す、ということで、曰く、「上場後初めて市場で成立する株価(初値)が,上場時に新規上場会社(IPO企業)の株式売り出し価格(公開価格)を大幅に上回っている」「公開価格で株式を取得した特定の投資家は差益を得るが、新規上場会社には直接の利益が及ばない」「新規上場会社はもっと多額の資金調達をし得るはず」と述べた上で、「IPOの上場業務を担う強い立場の主幹事証券が、一方的に過小な公開価格を設定して新規上場企業に不利益を与えるのは独禁法の『優越的地位の乱用』に該当する恐れがある」と指摘している。これを受けて「スタートアップ企業の資金調達をめぐる環境の適正化を目指すべきだ」と提案。公取委は2021年8月にこの調査を始め、過去1年間にIPOで上場した75社や主幹事を務めた証券会社22社から書面調査で回答を得た他、複数社にも聞き取りをした結果の結論だそうだ。
確かに日本では、株式上場後の最初に付く初値が、投資家からの需要調査を基に決める公開価格を大幅に上回る傾向がある。だいたい平均すると初値は公開価格の1.5倍であり、米欧の1.15倍前後に比べて大きい。実際2021年にIPOで上場した125社のうち初値が公開価格を上回ったのは82%にあたる103社だった。初値が公開価格を上回るほど、公募申込みで当選した個人投資家(機関投資家含む)たちは多くの利益を得られる。要するに、証券会社が顧客の囲い込みのために公開価格を保守的に設定しているという理屈である。一方、適正に値付けされていれば、企業はより多くの資金を調達することができるという主張でもある。調査結果によれば、新規上場企業の91.8%が公開価格の設定を主導したのは主幹事証券会社だと認識しているそうだ。
では、証券界の反応はどうか? やはり公取委に対し違和感を隠せない、というのが本音だ。新規上場した企業の3~4割は上場1年後の株価が公開価格を下回っているのが現実である。さる証券会社幹部は見直すべき点はもちろんあるとしつつ「公開価格のあり方は全体の一部を切り取った議論だ」と報じられている。
私はIPOに関して「最初に申し込むのはOKだが、申し込みに外れて初値から買いに行くのは絶対やめるべきだ」と日頃から個人投資家には言っている。なぜなら、IPOの初値やその後しばらくの値動きは「幻想価格」に支配されているからである。
IPO企業がどれだけの資金を調達できるのかを決めるのが公開価格。そして、上場日に初値がついた時点で、IPO企業は第1段階としての企業価値の評価を投資家から受けるわけだが、そのほとんどが「幻想価格」といってよい。多くの場合、企業の持つ本来の実力が正当に測られることはなく、楽観的シナリオでの「将来性」が先行して価格形成されるからだ。「株式投資とは、そもそも将来性を買うことではないか」と反論されるかもしれない。だが、IPOならではの毎度お決まりのパターンの「無謀な評価」が問題なのである。人気が集まる企業だと「いっちょう短期で儲けるぜぇ!」みたいな投資家がウヨウヨ集まってとんでもない株価形成がおこなわれる。
株式市場の平均PERが20倍以下なのにもかかわらず、初値価格が公募価格を大幅に上回りPERが50倍、あるいは100倍を超えることも珍しくない。50倍や100倍という評価がつけば、投資家はその企業に対して多額のプレミアムを払っていることになる。そして、その後成長していく過程において、高PERに見合う利益成長が実現されない限り、50倍や100倍が維持されることはなく、株価水準は切り下がっていく。最初の株価が「幻想価格」、初値から時間が経過した後のより適正な評価を「現実価格」と名付けるとすると、堅調に成長する企業であっても、過度な「幻想価格」は「現実価格」にとって大敵となる。そして、およそパブリック企業にふさわしくない企業にも不当な「幻想価格」がつき、上場後に利益が大幅に急減、あるいは赤字転落となれば「現実価格」のパフォーマンスは壊滅的となる。
さて、話を戻す。そうすると公取委は「幻想価格」が本来の株価価値と見なして「公開価格が安すぎる」と言っているように私には聞こえる。これはあまりにも一方的で、IPO市場の株価形成を知らない人たちの考え方である。もし仮に、「幻想価格」をより重視して公開価格を決めれば、上場後のパフォーマンスは今よりもっと悲惨で壊滅的になるはずだ。なぜなら、IPOしたほとんどの企業の現在株価は「幻想価格である初値」から暴落しているからだ。個人投資家や機関投資家はそんな割高なIPO市場からどんどん遠ざかっていくのは目に見えている。
IPO企業が上場時にディスカウントされるというのは、私はある程度必要だと思う。もし、もっと資金を調達したければ、上場時ではなくその後しばらくしてからファイナンスをすればよい。きちんと好業績が出ることを示し、資金調達すればいいのだ。そもそも日本のIPOは規模が小さく、上場時の企業体質も脆弱である。2020年のIPOにおける資金調達額を比較すると、日本は1件あたり0.36億ドルにすぎない。これは米国の10分の1、欧州の4分の1である。
今回の件に限らず、金融市場や証券市場の世界では、なまじ株式市場や金融の本当の実態を理解していない人たちが集まって、大きな欠陥制度ばかり作っているというのが私の正直な感想だ。まるで柔軟性のない硬直的で片手落ちのNISAを作ったり、現物と先物の損失を合算できない税金制度を作ったり、果ては総理大臣主導で金融所得課税を増税する、などというおぞましいことまでおこなわれようとしている。金融所得課税では多くの個人投資家が所得レベルに見合わない20%という高い税率を課されているのにも関わらず、「1億円の壁」などという高所得者だけを見た改革をしようとしているのだ。マーケット破壊、個人投資家破壊もいいところだ。全くもってふざけている。大迷惑な話だ。皆さんはどう思われるだろうか?
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