エコノミスト泣かせのアベノミクス景気

2016/08/05
(要旨)
アベノミクスによる景気回復は、従来の常識とかけ離れたものであった。まず、世の中に資金が出回らなかったのに、「金融緩和で株高ドル高」と考えた投資家の買いによって株高ドル高になり、これが景気を回復させた。円安になったのに輸出数量が全く増えなかった。成長率が概ねゼロなのに、失業率が下がり、企業収益も改善した。景気は回復しているのに庶民は景気回復が実感出来ていない。
不思議な現象は数多いが、結果をみれば、インフレも失業もない世の中を作り出したこと、失業者やワーキング・プアに恩恵が及んだこと、などを総合的に評価し、アベノミクスは成功だったと言えよう。

 

■景気が回復した原因は、金融緩和の「偽薬効果」
「金融緩和をすれば世の中にお金が出回って、それがデフレを終わらせ、景気を回復させる」と考えている人がいる。「リフレ派」と呼ばれる人々で、黒田日銀総裁もその1人である。
しかし、実際には日銀が大胆な金融緩和を行っても、日銀から銀行に出て行った資金は再び日銀に戻って来てしまい、お金は世の中には出回らなかった。従って、彼等は間違っていたのである。
一方で反対派は、「ゼロ金利の時に金融を緩和しても景気は回復しない」と主張していた。しかし、実際には金融緩和により株価やドルが値上がりし、それが景気を回復させたので、彼等も間違っていたのである。
「金融が緩和されれば世の中に資金が出回ってドルや株が値上がりする」と考えた投資家がドルや株を買ったわけで、それが景気を回復させたのだが、これは「偽薬効果」とでも呼ぶべきであろう。
医者が患者に「良い薬だ」と言って小麦粉を飲ませると、「病は気から」なので治ってしまうことがある、というのと同じ事が起きたのである。本来は金融緩和をしても世の中にお金が出回らないのだから、株やドルが高くなるわけでも景気がよくなるわけではないが、人々が株やドルが高くなると信じたことで、目指した成果の一部が実現したのである。

 

■円安でも輸出数量は増えず、輸入数量は減らず
1ドルが80円から120円に変化したのに、輸出数量はほとんど増えなかった。円安になった当初は「企業が円高期に工場を海外に移転したから」という説明がなされていたが、さすがに円安が始まって3年も経つと、この説明では不自然である。「円安なのだから、海外の工場で生産している数量を減らして国内工場の生産量を増やせば良い」からである。
実際には、日本企業が「再び円高に戻るリスクがあるので、生産を国内に戻す決断が出来ない」といった要因が強いのかもしれない。そうだとすると、円安傾向が持続し、企業経営者が円高に戻る可能性は小さいと考え始めるまで、本格的な輸出の回復は見込めないのかも知れない。昨今の円高ドル安は、日本企業が再び円高に戻るかも知れないという恐怖心を思い出させてしまい、ますます生産を国内に戻す動きが遅れることになったかも知れない。
人口が減少する日本ではなく、成長しそうな海外で生産する方が良いと考えている企業も多そうである。そうなると、生産の国内回帰は一層難しいかもしれない。
輸入数量が減っていないのは、更に不思議である。外国製品が値上がりしたのだから、消費者が輸入品を買わずに国産品を買うようになるはずだからである。もっとも、日本企業が「高級品は国内生産、普及品は海外生産または輸入」という具合に完全に生産ラインを分けているとすれば、円安になったからと言って、輸入の普及品から国産の高級品に乗り換える消費者は少ない、ということなのかも知れない。

 

■ゼロ成長なのに失業率は下がり、企業収益も好調
アベノミクスで景気が回復したと言われているが、成長率を見ると過去3年間の平均成長率は「概ねゼロ成長」と言えるレベルである。
にもかかわらず、雇用情勢は絶好調で、有効求人倍率は高く、各種アンケートでも人手不足感が強くなっている。脱デフレで値下げ競争からサービス競争に移行している事が一因かもしれないが、それだけでは到底説明し切れるものではない。
企業収益も好調である。ゼロ成長で企業収益が絶好調となれば、労働者にしわ寄せが行っているのかと言えば、そんな事もない。原油価格下落は一因であろうが、それだけでは到底説明し切れるものではない。
筆者は、GDP統計に若干の疑問を感じているが、仮にGDP統計が上方修正されたとしても、雇用と企業収益の絶好調を説明できるようになるとは思われない。
おそらく、高齢化によって医療や介護といった労働集約的な仕事が増えていることが人手不足の一因なのであろうが、それだけでは説明しきれない。

 

■結果をみれば、アベノミクスは成功だったと言える
兎にも角にもアベノミクスにより株とドルが値上がりし、株高で高級品が売れるようになり、円安で外国人観光客が増加した事、公共投資で建設労働者が不足するようになった事、などを考えると、アベノミクスが景気を回復させたと考えて良いであろう。経済政策の目標が、「インフレも失業も無い世の中を作ること」だとすれば、今の日本経済ほど理想的な状況は考えられない。
多くの庶民は景気回復の実感が得られずに、消費税率の引き上げ分だけ生活が苦しくなったと感じているが、消費税はアベノミクスとは別物であるから、アベノミクスによって庶民の生活が苦しくなったわけではない。
アベノミクスの恩恵が株を持っている富裕層と失業を免れた最下層や待遇が改善されたワーキング・プアに集中し、一般庶民に及んでいないため、景況感がバラバラになっているが、恵まれない人々に恩恵が及んだのであるから、良しとすべきであろう。
景気の回復速度は緩やかだが、安倍政権発足前と比べれば、明らかに景気は改善している。消費税引き上げ(これはアベノミクスと無関係)が無ければ、景気は更に良くなっていた筈であるから、アベノミクスの景気回復効果は決して小さくなかったと言えよう。
今後については、「景気は自分では方向を変えない」ので、引き続き緩やかな回復が続くと考えられる。海外の景気が急激に悪化したりすれば別だが。
筆者が期待しているのは、労働力不足によって企業が省力化投資を活発化させることである。バブル崩壊後の日本経済は、失業が問題だったので、企業は安いコストでいくらでも労働力を集めることが出来、それによって省力化投資を怠って来た。
したがって、今の日本経済は「労働生産性の向上余地(少しだけ省力化投資をすれば労働者一人当たりの生産量が大きく増える余地)」が大きい。そこに企業が目をつけるはずだ、と考えているのである。そうなれば、景気の回復が続き、少しずつ拡がりを持ったものになっていくと期待している。

TIW経済レポート 6月14日より転載)

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
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