景気と為替レートの関係を考える
■ドルを売買している人は多様
■日本の景気より米国の景気で動く円相場
■今は米国景気拡大はドル高要因である
■かつては米国景気拡大は円高要因だった
■要するに為替レートを決めているのは美人投票
■為替レートが景気に与える影響は縮小中
■将来は、円高が景気にプラスという時代が来るかも
(本文)
■ドルを売買している人は多様
ドルの値段はドル買い注文とドル売り注文の量が一致する水準で決まるわけだが、値動きを複雑にしている要因は、ドルを売り買いしている人が実に多様だ、ということである。
輸出入をしている人がドルを売り買いするのは当然である。世界の貿易の多くはドルで行われているのだから。円建の輸出入であっても、貿易相手がドルを円に替えているはずなので、同じことである。
外貨預金をしている人がドルの売り買いをするのも当然である。米国債投資についても同様である。彼らはドルと円の金利差が広がればドルを買い、縮まればドルを売る、という傾向にあるわけだ。
問題は、投機家である。ドルが値上がりしそうだと思えばドルを買い、値下がりしそうだと思えばドルを売るわけである。もっとも、そうした思惑に影響されるのは純粋な投機家ばかりではない。
来年の海外旅行に持っていく外貨を今のうちに買っておくのも投機であり、輸出代金のドルを受け取っても売却するのをしばらく待つ、というのも投機である。
■日本の景気より米国の景気で動く円相場
円相場は日本の通貨の価値であるが、これが日本の景気よりも米国の景気の影響を強く受けているようである。
為替レートは美人投票の世界なので、多くの投資家たちが日本の景気指標より米国の景気指標に注目しているとすれば、「理屈はともかく自分も米国の景気指標に注目する方が得だ」と考える投資家が多いからであろう。
かつては、プラザ合意等の記憶が生々しく、米国政府が世界の為替を動かしているというイメージが投資家に定着していたのかも知れないし、バブル崩壊後の長期低迷期には、日本は景気が良くても悪くても金融政策は大きく動かないという認識が為替レートに影響しているのかも知れない。
とにかく、美人投票の世界に於いて重要な事は、人々がそう考える理由ではなく、そう考えているという事実なのである。
■今は米国景気拡大はドル高要因である
米国の景気が拡大すると、米国の金融政策が緩和から引き締めに転換されるため、米国の高い金利を目指して日本人による米国債投資が増えると考えられている。
投機家たちは、それを予想しているので、米国の景気が良くなりそうだと思われる時には、先回りしてドルを買うはずだ。そうだとすると、米国の景気拡大予想はドル高要因となるはずだ。
米国の景気が回復するなら米国の株価が上がるだろうから米国株投資が増えるはずで、そうなればドルが買われるはずだ、といった連想も働くだろう。米国株投資のみならず、米国への直接投資も増えるかもしれず、それもドル高要因だといった連想も働くかも知れない。
結果として、最近では米国の景気拡大はドル高要因となっているようである。
■かつては米国景気拡大は円高要因だった
しかし、かつては人々が米国の経常収支赤字の大きさを大いに懸念していた時代があった。今は、当時より遥かに巨額の経常収支赤字を計上していても、なぜか誰も気にしていないが(笑)。
そうした時代においては、米国の景気拡大は米国の輸入増加を通じた経常収支赤字の拡大要因であると意識されるので、ドルが売られる要因となっていたのだ。
経常収支赤字そのものが貿易業者のドル売り要因であるというのみならず、米国の経常収支赤字が拡大すればプラザ合意が再来するかも知れない、といった可能性を市場関係者が強く意識していたからなのかも知れない。
ちなみに、プラザ合意というのは、「米国の経常収支赤字が大きくなりすぎたので、ドルを安くして米国の経常収支赤字を減らそう」という合意が1985年になされたもので、結果として大幅なドル安が進み、世界中の為替関係者に大きな衝撃を与えた「事件」のことである。
■要するに為替レートを決めているのは美人投票
米ドルに対する実需という面から考えると、米国の景気拡大は米国の経常収支赤字を拡大してドル安圧力となる一方、米国の金利を上昇させて米国債投資を増やすのでドル高圧力ともなるわけだ。
あとは、美人投票の世界に於ける市場参加者がどちらを重視するのか、という事である。これは、どちらが正しいという事ではなく、時代によって変化しても不思議ではないのである。
かつての審査員の採点基準では、経常収支が重要であったが、最近では金利差が重要である。何故かと問われれば、かれらは「他の審査員たちの採点基準が変わったから」と答えるであろう。それが美人投票というものなのである(笑)。
■為替レートが景気に与える影響は縮小中
景気が為替レートに与える影響を離れて、反対に為替レートが景気に与える影響について考えてみよう。
かつては、円高になると輸出が激減して景気が悪化すると言われていた。しかし、日本製品の品質が向上し、「高くても日本製品が欲しい」という人が増えると、事情が変化した。
プラザ合意後の大幅な円高でも輸出数量がそれほど減らなかったのだ。余談だが、それを見て「日本経済は凄い」と人々が考えるようになり、それがバブルの一因となったわけだ。
その後も、円安になれば日本企業は輸出を増やすと考えられていたし、実際に輸出は増加していたが、アベノミクスによる大幅な円安に際しては、輸出数量がほとんど増えなかった。輸出の増加は海外諸国の経済成長で説明できてしまう程度のものだったのである。
その理由としては、日本企業が為替レートに左右されない企業体質への転換を目指して「地産地消」を推進しているからだ、と言われている。そうなると、今後は円安でも輸出が増えない事が普通になり、円安の景気拡大効果が消えてしまうという事になるかも知れない。
■将来は、円高が景気にプラスという時代が来るかも
さらに言えば、将来は円高の方が景気に良いという時代が来るかも知れない。そうなるとすると、可能性は二つである。
一つは、円高でも円安でも輸出数量がほとんど変わらなくなる、という可能性である。そうなると、円高による輸入物価の下落は円高差益還元として消費者物価を低下させ、消費者の懐を暖かくし、消費を増やすかも知れない。
もう一つは、円高による物価の安定が日銀の金融引き締めを不要にして景気拡大を長持ちさせる、という可能性である。
この点については、別の機会に詳述することにしたい。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。
(10月1日付レポートより転載)