金融緩和の景気浮揚効果が小さい理由
■景気過熱時の金融引締めは効果大
■不況期の金融緩和は景気刺激効果が小
■株価押し上げ効果は景気に効かず
■日本の金融政策は為替への効果小
■円安の景気拡大効果が最近は小
(本文)
■景気過熱時の金融引締めは効果大
景気が過熱してインフレが心配な時には、日銀は金融を引き締める。金利を高くして「金利が高いから設備投資をしても儲からない」と考える企業を増やすのである。それにより景気が悪化すればインフレは抑えられるであろう。
これは、効果抜群だ。金利を50%にしたら、設備投資をする企業は皆無になるだろうし、住宅ローンを借りて家を建てる人も皆無だろうから。もっとも、それでは不況というより大恐慌が来てしまう。
したがって、景気を少しだけ悪くしてインフレをギリギリ抑え込むためには金利をどれくらいにすれば良いのか、という事を考えるのが日銀の重要な仕事なのである。
それを考えるために、日銀は大変優秀な景気予想屋を大勢雇っている。残念なのは、彼らが入社してから一度も金融が引き締められた事がない、ということである(笑)。
■不況期の金融緩和は景気刺激効果が小
これに対し、日銀は不況期に景気を回復させる事が不得意である。不況期には現存設備の稼働率が下がるので、「金利が下がったから、設備投資をしませんか」と言われても、応じる企業は稀なのである。
サラリーマンたちも、残業代や賞与が減って、自分の雇用も心配な時に、住宅ローンを借りて家を建てようとは思わないであろう。
つまり、金融政策は引き締めの効果は大きいが緩和の効果は小さい、という事になる。金融政策はヒモである。引くことは出来ても押すことは出来ない、と言われる所以である。
したがって、景気予想屋は金融緩和にほとんど興味を示さない。特に、ゼロ金利下の金融緩和は、後述の株高や円安を通じた間接的な影響を除けば、ほとんど景気には影響を与えないので、筆者を含めてほとんど関心を持っていない。
筆者については、余暇に趣味で株式投機を楽しんでいるので、その際にはゼロ金利下の金融緩和についても大いに興味を持つわけだが(笑)。
■株価押し上げ効果は景気に効かず
金融政策が実体経済に与える影響は限定的であるが、株価に与える影響は大きなものがある。株価は美人投票の世界であり、人々が「金融緩和は株高の要因である」と考えると実際にそうなるからである。実際、黒田緩和によって株価が値上がりしたことは記憶に新しい。
しかし、株高の景気刺激効果は限定的である。富裕層は株で儲かったから贅沢をするという事も無いだろうし、庶民は株で儲かった分は老後不安を緩和するために貯金する場合が多いであろう。
それ以前に、日本に於いては個人が株をあまり持っていないという事も重要であろう。日本人の金融資産は欧米と比較しても極端に銀行預金と保険に偏っているのである。
実際、黒田緩和で株価が大幅に値上がりしたにもかかわらず、一部の高額商品を除けばビールのプレミアムモルツが売れた事くらいしか筆者の記憶にのこる景気回復効果は無かったようだ(笑)。
■日本の金融政策は為替への効果小
金融政策は、株価と並んで為替レートにも大きな影響を与え得る。ゼロ金利下の量的緩和は、理屈上は為替レートにあまり影響を与えないはずなのだが、為替レートは株価と並んで美人投票の世界なので、投資家たちが与えると信じていれば与えるのである。
もっとも、米国の金融政策と比べると日本の金融政策が円相場に与える影響は限定的なように見える。日本の通貨の価値を決めるのに、不思議な事であるが、美人投票の世界は理屈ではないので、仕方なかろう(笑)。
黒田緩和の時には大幅なドル高となったが、黒田緩和以前の行き過ぎた円高が修正されたという面も大きかったようである。当初こそ円安になったが、その後の追加的な緩和には為替相場は反応しなかったのである。米国の金融政策と比べると、やはり効果は相対的に小さいと言えそうだ。
■円安の景気拡大効果が最近は小
より大きな問題は、円安が輸出数量を大幅に増やして景気を押し上げるという効果が最近は見られないことだ。黒田緩和によって大幅な円安ドル高が進んだが、輸出数量はあまり増えなかった。海外経済の成長に見合った程度の増加しかしていないのである。
これは、輸出企業の戦略による所が大きいと言われている。輸出企業が為替レートの影響を受けにくい企業体質を目指して「地産地消」に励んでいるからだという事のようだが、円安なら輸出して大いに儲ければ良いと考える筆者には、やや納得の行かない企業行動である。
さらに不思議なことに、円安によって輸入数量が減る効果も、ほとんど見られなかった。輸入ワインが値上がりしたら、国産の日本酒を飲む人が増えるだろうと思っていたが、そうはならなかったのである。ワインでも日本酒でも酔えれば良いと考えている筆者のような酒飲みは少ない、という事なのだろうか。
上記を総合すると、金融緩和が直接的に景気に与える影響は小さく、ゼロ金利下ではほぼゼロであり、株高や円安を通じての影響もそれほど大きいとは言えない、という事のようだ。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。
(8月27日付レポートより転載)